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自意識の鬼


私は2020年の1月1日からB5かB6あたりのノートに毎日日記を付けることに決めた。

理由は「見られている」という感覚からの逃避。
誰かのためになどというおこがましい自意識から逃れるため、自らの微々たる想いをただただ書き記し消費する。

そんな「作業」をここまでこなしてきた。

何年かかるかわからないこの「作業」が何十年後、自らの財産になると。


そう信じていた。




今日でちょうど278日目。(節目の定義)


ベロベロに酔っぱらって記せなかった240日分を除き今のところ毎日日記を付けている。(毎日の定義)


たわいもない毎日を書き記して気付いたことがある。(毎日の定義)


私は結局誰かに見られる"てい"でしか文章が書けないということに。



もしこの日記を落としたら!とか

死んだあとに親族に見られたら!とか

大麻がバレて家宅捜索に入られたら!とか



結局見られた時のために自分のための日記にツッコミを入れてみたり、面白そうなタイトルを付けてみたり、必要以上にボケてみたり、


警察官にどう思われたいねん、おれ。


状態が続いていた。(大麻がバレるてい)



伊勢谷友介のような謝罪映像まで絵になる俳優ならばそんな自意識も許されるだろう。

沢尻エリカのような可憐であり裏の演技も魅せられる女優ならばそんな自意識も許されるだろう。

ピエール瀧のようなダークでユーモアが印象的な名俳優ならばそんな自意識も許されるだろう。


私のような歯があるのかないのかわからない程の顎力しかないおじさんが持つべきでない「自意識」

そのせいで日記のもつ素晴らしさを実感できなかった。


「自意識」を許されない大麻、覚醒剤組の田代まさし、清水健太郎、高知東生も私と同じ思いだろう。




なにが!?




話しを戻そう。


よって私は「見られている」という感覚からの逃避をやめ、この丸9ヶ月、278日間どうにもならず膨らみ続けた鬼の「自意識」を消費すべく、またこのnoteの場をお借りしようと思っている。


「身勝手だ!」「noteはそんな場ではない!」など反対意見や文句などあればお構いなく書いていただきたい。すべてを受け入れるつもりでいる。


ただ再度申し伝えるが、私はアメ玉も噛み砕けない顎力のおじさんである。


そんなおじさんにまでも文句を言いたい過剰な自意識プンプンの言葉ならば甘んじて受け入れよう。


あなたの自意識お待ちしてます。

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