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マッピング~哲学のあれこれ~

哲学って何する学問?の記事では哲学がどういった学問かを見てきた。本稿では哲学が扱う内容の方を見ていきたい。すなわち、哲学という学問が持つ分野のマッピングを行いたい。ただし、哲学にはどういった分野があるかという考え方そのものについては様々な分け方があるのであくまでザッとした区分であることを断っておく。


分析哲学と大陸哲学

各分野に分かれる前に現代哲学には主に二つの潮流がある。元々西洋哲学にはヒュームなどをはじめとするイギリス経験論とカント、ヘーゲルなどの流れを汲む大陸合理論の二つの対立があり、その流れが現代にまで伝わっていると言える。

分析哲学

大陸哲学と比較して英米哲学とも呼ばれ、哲学の問題を言語の問題と考え言語を分析することで哲学的問題を解決しようとするため言語分析哲学とも呼ばれる。特徴としては論理学的厳密な論証で論理的に哲学的問題を解決することにある。日本ではあまり馴染みない言葉だが現代の哲学の主流でもある。その一方で初期の分析哲学が哲学のいち分野である形而上学を排斥しようとしていたにも関わらず、現代の分析哲学においては形而上学的対象が研究されることも多く、その点に関して批判されることもある。以下には代表的な分野を記す。

  • 形而上学(metaphysics)‥‥存在、普遍、個体、自由、可能性などの概念について哲学する分野。ある意味もっとも哲学らしいと言えるかもしれない。

  • 論理学(logics)‥‥論理学は分析哲学において道具立てでもあるが、論理学そのものを研究する分野もある。

  • 認識論(epistemology)‥‥知識の定義についての哲学。基礎付け主義や行動主義、機能主義などがある。心理学との結びつきも強い。

  • 倫理学(Ethics)‥‥道徳や善悪などの価値判断についての哲学。伝統的な哲学の分野であるが最近は専ら分析哲学の土台で見ることが多い。

  • 科学哲学‥‥科学を対象に哲学をする。数学の哲学や量子力学の哲学、社会学の哲学など各科学的学問を対象に行なわれる哲学の総称。厳密には言葉を分析する分析哲学と違い、観察や実験から入るものもあるため分析哲学の一分野とは言い難い面もある。


大陸哲学

厳密には大陸哲学という分野は存在しない。大陸哲学とは主にドイツやフランスで生まれた哲学の諸分野をひとまとめにし、英米哲学=分析哲学と比較するために用いられる区分だ。とはいうものの分析哲学の基礎を作ったフレーゲやウィトゲンシュタインといった人物はいずれもドイツ周辺の生まれであり、分析哲学は必ずしも英米で生まれた哲学を意味しない。以下は主な哲学思想とその簡単な説明、およびその思想の代表的な哲学者の名前だ。

  • 現象学‥‥実在するものではなく自身が経験したことを重要視する。意識の構造に着目する哲学。フッサールなど。

  • 実存主義‥‥実存という現に存在している自分自身について「自分が何者なのか」を考える哲学思想。ハイデッガー、サルトルなど。

  • 構造主義‥‥あらゆる文化や言語において共通する構造のパターンがあるとする哲学。ソシュール、レヴィストロースなど。

  • ポスト構造主義‥‥今まで西洋哲学が当たり前にしてきたことへの批判的思想、構造主義のその後に生まれたという意味でポスト構造主義と呼ばれる。フーコー、デリダ、ドゥルーズなど。

参考文献.貫成人,『 哲学マップ』 (ちくま新書),9章‐10章,PP.143-177(Kindle版) 

ソーカル事件

現在哲学の主流は分析哲学であることは先に述べたがその象徴ともいえる事件があった。1995年、物理学者であったソーカルはポストモダンの思想論文誌に物理学の用語を適当に並べただけの疑似論文を提出した。するとその論文が査読を通り掲載されてしまったのだ。ソーカルはこの事件を『「知」の欺瞞』という著作にして暴露し、当時の哲学思想や社会学の風潮に一石を投じた。

ポストモダン主義(ポスト構造主義の流れを汲む大陸哲学の当時の主流)が数学や科学の用語を誤用して用いているという懸念がソーカルにあり、ポストモダン主義をはじめとする哲学や社会学を攻撃するための論文投稿であった。元々、当時は科学と哲学の論争が起きており、ソーカル事件は中でも決定的な事件だったと言える。

分析哲学は論理的な論証を基本としており、またポストモダン主義とも独立に発展していたためこの論争に巻き込まれずに済んだのだ。
しかし、分析哲学が本当にソーカル事件における哲学の有意義性に関する批判を退けることができているかについては一考の余地があるだろう。

また大陸哲学の諸思想自体はまだまだ根強い人気のあり、ソーカル事件においてその哲学思想そのものが破壊された訳ではないことに注意したい。現に分析哲学の分野において大陸哲学の哲学者を対象に行うのも珍しくない。

伝統的な哲学

プラトンやアリストテレス、スコラ哲学などの中世哲学、デカルトやカントなど近代の哲学者らの哲学思想について研究する伝統的な哲学も現在では分析哲学の土壌で行われることが多い。ただしこれらは分析哲学と独立に見る向きも当然あり、大陸哲学もまたこれらの伝統的な哲学者の思想と地続きである。


その他の哲学

ここまで見てきたのは西洋哲学の主要な主義についてだった。この項では西洋以外の哲学、また西洋哲学には他にどのような種類のものがあるのかを見ていく。

東洋哲学・インド哲学

東洋哲学は西洋哲学に対する呼び方で、主に日本や中国といった東洋での思想や宗教的価値観を研究するのが目的だ。西洋哲学が論理立てに寄っているのに対し、生き方や信念のようなものが重要視される傾向がある。

インド哲学は古代インドで生まれたウパニシャッド哲学を元にしたもので、内容としては西洋哲学のように抽象的な対象を扱っている面もあるが主に宗教的な論点で論じられている。

政治哲学

政治哲学の起源は古く、西洋ではプラトンの『国家』などから始まり、社会主義の元となったマルクス主義なども含まれる。国家を運営する政治とはどのようにあるべきかを問う性質上哲学の問題だけでなく実際の政治学にも影響を及ぼす分野である。


美学

美学は哲学の中でも哲学(存在論や形而上学)・倫理学と並ぶ伝統的な分野のひとつである。美しさとは何か?や美的価値観について考える学問で、カントなどが有名だ。

宗教学

キリスト教やイスラーム教、仏教など広く世界宗教についてや宗教というものの性質について研究する学問。特に西洋において宗教は哲学と密接に結びついていた過去があり、宗教学は厳密には哲学ではないものの重要な関係にある分野である。

まとめ

哲学の二大潮流として分析哲学と大陸哲学の各思想を簡単に見てきた。ソーカル事件などの影響もあり、現在それこそ英米のみならず哲学といえば分析哲学とまで言えるほど分析哲学は浸透している。

私も分析哲学的なやり方は哲学にとって重要だと感じている。それは、分析哲学が理路整然とした論証を行えるからであると共に多種多様な問題を扱うことができる点が魅力的だからだ。

一方で、分析哲学的論証は哲学をするための道具であり他の哲学思想とぶつかり合うものではないと思う。

また、ソーカル事件から得るべき教訓は誤った科学用語を無闇矢鱈に使ってはならない、無意味な論文を掲載してはならないなど全ての学問において内省すべきことでしかない。決して大陸哲学全般を攻撃すべきではなく、有意義な思想については取り上げていくべきだろう。

後半に取り上げたその他の哲学についても、決して完全に西洋哲学の流れと無縁な訳ではない。特に政治哲学や美学は今でも主要な哲学の一分野であり、分析哲学の一分野とも言える。

東洋哲学やインド哲学、また宗教学については基本的に文献資料の読解が主で、論理的な証明のようなやり方はあまり行われないが宗教的価値観に焦点を当ててその思想を研究するのは、哲学者が過去の哲学者(カントであったりプラトンであったり)を研究するのと何ら変わりなく、これも哲学の一側面と言える。

今回扱えなかった分野や取りこぼした部分、説明が至らない箇所も大いにあると思われるが現代の哲学をある程度俯瞰的にマッピングできたと思う。私が専攻していたのが分析哲学であったため少々贔屓目に分析哲学を語っている部分もあるかもしれないが、哲学のやり方として論証的手法が大事だというのは真理であると思う。



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