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まじめな夢をみた話

仕事から帰って寝ていて夢を見た。
初めて社会人として働いたゼネコンが舞台だった。

身体の大きないつも怒っている営業部長の上司が出てきた。
そして、もう一人、大阪支店の営業のトップであったその方は営業部長よりさらに身体がデカかった。
こちらはいつも怒っているわけではないのだが怖かった。
サダムフセインに似た風貌をしていた。
会社の皆が怯えていた。
だから朝礼が終わると営業部のフロアーから営業部員は姿を消していた。
残るは事務の女性ばかりであった。
営業部に移ったばかりの私は上司の課長が『この書類見ておいて』と小声で言い残し出て行ったあと仕方なくその書類を何度もながめていた。

しばらくすると私の背中にコツンと何が当たった。
消しゴムだった。
私の真後ろにフセインが座っていた。
というより雑用を兼ねて私がその方の前に座らせられていた。
知らない振りをした。
名前を読んでくれと思った。
しばらくしたらまた飛んで来た。
まだ気付かない振りをした。
すると『おい!』と言われた。
その時には私しかおらず、当然私に用事があるのは分かるのだが『おい!』が気に入らず。
まだ知らない振りをしていた。
『君だよ!』と言われてさすがに無視をするわけにもいかず振り向いた。『君だとわからんのか!』と怒鳴られたが『私はおいじゃありません。宮島です。』と意を決して言うと、『そりゃ、すまなかった。』と詫びられてこちらの方が次の対応に困ってしまった事があった。
夢はそこで終わった。

当時若い営業マンは極めて少なかった。
時代背景がある。
高度成長期ではインフラ整備が中心で官庁、土木の仕事が多かった。
そんな余韻がまだ残る世界であった。
ゼネコンの営業に若い人間の知恵や創造力は必要とされなかったのである。
本当の営業が必要とされない時代が長く続いていたのだ。

なぜこんな夢を見たのだろう。
辛かったあの頃は懐かしさに変わりつつある。
あの頃に今の原点がある。
たくさんの事を教えてもらった。
そして行き着くところは人間であった。
人を信用しすぎて何度も騙されて来た。
でもやってみないと分からない事がたくさんある。
失敗をしてみないと本当の理解はないかも知れない。
そんな事を許してくれた会社であった。
たまたま上司に恵まれただけかも知れない。
いや、そんな時代だったのである、人を育てる風潮のある社会がまだあったのである。

今は当時のように気持ちに余裕を持って生きる社会人は少ないと思う。
そんな中で戦い、生きていかなければならない若いサラリーマンたちに一言『頑張れよ』と言いたい。
そして私たちの若かった頃と時代は変わり、何が何でも会社にしがみつく必要は無いことも伝えたい。
たった一度の人生なんだから好きなように生きたって誰も文句は言ってこないよ、とも伝えたい。

時代は大きく変わったと思う。

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