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詐欺師の顔

台湾に母の親友がいる。94歳になる女性、黄絢絢こうけんけんさんである。もう50年も前に当時の日本で最新技術だった透析治療の研修に台北大学病院から派遣されてやって来ていた。
世話焼きの母は彼女たちを家まで連れて来てキッチンを解放した。好きな料理をしてもらい里心のついた彼女達に気晴らしをしてもらったのである。
たくさんの看護師たちがやって来たが最後まで付き合ったのは絢絢だけだった。日本の統治下で教育を受けた絢絢の日本語はある部分私より達者である。家が大変な時期にもいつも電話の元気な声で励まされてきた。

その時分、まだ小学生の私と絢絢との会話で「あの人は人の良さそうな顔をしている」と言ったら「ひできは人相見か」と言われたことがある。
それがとても不思議で、ずっと記憶に残っていた。

それから40年も過ぎていた。
サラリーマンに嫌気をさして大阪阿倍野で飲み屋をやっていた時のことである。変わり種の店主だと何人もの飲み屋を経営する先輩達が寄ってくれた。
その中で私の飲み屋人生において、お一人生涯の恩人と思っている方がいる。その方は大学を卒業後に一般企業に勤めたこともあり、過去に的屋もやり、阿倍野で繁盛店を経営する社長だった。市場から新しい仕入れ方法を考えたり、『昼から飲める店』を阿倍野で最初に始めた人で、それを真似されると、ならばと『朝8時から飲める店』を始めた。今では周りのどの店も朝から飲めるようになった。誰もが発想しないことを考えつく大先輩だった。

開店と同時に毎日のぞいてくれた。
私の事が心配だったのであろう。仕事が終わり、クタクタなはずなのに二、三杯芋焼酎をロックで飲み、次の客が来るまで私の作ったアテを食べながらいろんな話をしていってくれた。その大先輩がある時「宮さんは一流の詐欺師になれる顔をしてる」と言った事がある。私は仕込みがまだ残っており「へぇ、」と思いながらも半分聞き流していた。

1年前に亡くなってしまったから、今さら確認のしようはないのだが気になるのである。詐欺師ってのはどんな顔立ちなんだろう。自分で言うのもなんだが、私は真面目そうな顔をしていると思う。ウソは閻魔様に舌を抜かれるほどまだついていない。ただ、ポーカーフェイスは得意かも知れない。営業時代にずいぶん怖い経験もしたから鍛えられた。

『人相見の詐欺師』、『詐欺師の人相見』、言い換えれば『人相をみることの出来る詐欺師』、『詐欺を行う人相見』である。どちらも詐欺師である。どうも後者の方が罪が深いように思う。

どちらかを選べと言われたら『人相見の詐欺師』を選択するかも知れない。
でも、「あなたは詐欺に引っ掛かるような顔をしてますよ、だから気をつけなさい」と自ら良い客を逃してしまうだろう。

まあ、こんなことを考えている時点で一流の詐欺師にも人相見にもなれる気がしない。一夜の夢などと大げさな事にもなりはしない。でもやったことのない生業で生きてみたい気持ちはまだ持っている。ただこのまま枯れて死にゆくならば、詐欺師にも人相見にも憧れは無いことはない。

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