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自室、ひとりきりの夜遊び

急に夜、ひとりきりになった。イヤホンから好きなひとの声が聞こえてこない夜。
いつもわたしと好きなひとは、夜、通話を繋いでいる。パソコン越しに何気ない会話をして、じゃれあって、ゲームをして、笑いあって、あっという間に更けていく時間を、「おやすみ」の言葉で終わらせるような日々。通話を終えたあと速やかに溶け落ちていく意識にすら、いとしいと名前をつけたくなるような。

どうして今自分はひとりなのかって、たぶんあのひとは仕事で疲れ果てて、早々に眠っただけの話だ。金曜日だし。23時に送られてきた「おやすみ」への返事に既読はつかない。
薬を飲み、スマホを置いて目を閉じてみても、いつも気にならない空気清浄機の音がやけにうるさい。暗闇の中でもらった抱き枕を抱き締めたとき、これ眠れないやつか、と察しがついた。「みよって通話しない日遅くまで起きてるよねかわいいやつめ」と笑うあのひとを、まるで笑えないなと思った。わたしは1階に缶チューハイを取りに行く。

ベッド脇の間接照明を灯し、お気に入りのドライフラワーをそばへ。大好きなペンハリガンのロタールを手首に3プッシュ。スパイスと柑橘系の混ざった、うつくしい香り。満足して缶チューハイを片手に、タバコに火をつける。安いオレンジを流し込む。タバコには興奮作用があり、吸ったところでむしろ睡眠の妨げになるのだけど。わたしはこの夜を楽しもうと思った。タバコの残り香と香水の香りが混じって、少しくらくらした。

胃がアルコールでぽかぽかする頃、横になり読みかけの歌集を開く。ゆっくりと短歌をなぞり咀嚼するだけで、短歌の織り成す美しく丁寧な世界に飛べる気がした。

言葉と揺蕩う、いつもより流れが遅い夜を、うつくしいと思う。


気にいった言葉に栞を挟み2冊目の本を読み終えた頃、眠気が訪れた。疲れている頭が自然に意識を遮断させようとする。その静かな波に身体を委ねる。


海の底へ沈んでいく、抗えない重力の渦の中で、たまにはこんな夜もいい、と、少しだけ、

翌日昼すぎ、自室で、あのひとと電話をした。

彼が操作するゲームを見守りながら、早く流れる時間を、いとしいと思った。

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