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瞬き


高校受験の時、
同じ中学の人が誰もいない学校を選びたいとふと思い立ち、
家から遠いわけでは無いけど、あまり同じ中学の人が選ばないエリアの高校へ入学することができた。
進学校というわけではなかったけど、偏差値がちょっとだけ良かったので髪の毛の色は自由、制服も派手じゃない色であればOKというなんとも言えない校則しかなく、とにかく自由な校風の学校だった。自由だったのは校風だけではなく、授業も半分単位制みたいなシステムで、自分の好きな授業を選ぶことができ、時間割も自分で組むことができた。
こうなってくるといる先生たちも自由の塊みたいな人が多く、なかでも一番仲が良かった美術の先生(通称あきちゃん)は美術室にある陶芸用の釜でパンやピザを焼き、授業中であろうが放課後だろうがそれを振る舞いまくっていた。思えばこんな先生学校に1人は絶対いるのだろうと思うが、当時は割とクレイジー枠にカテゴライズしている自分がいた。

そしてその自由な高校で仲が良かった教育実習生のしゅうくんは、当初3ヶ月の予定で滞在していたが、サッカー部のコーチをするために実習が終わったあともよく学校へ来ていた。周りに同じ中学の人がいない=一緒に帰る人があまりいないので、ほとんど私ぐらいしか使ってないようなバスの路線だったのにしゅうくんも一緒のバスに乗った。それでも、わたしより手前のバス停で降りていった。
単位制の体育は5種目あるうちから自分が好きな競技を1つ選ぶ。シーズンごとによって内容は変わるが、その時はサッカー、卓球、バレー、フィットネス、ゲートボールの5種目であった。ゲートボール。もちろんあまり人気がなく、この当時は卓球とサッカーに人数が多く集まっていたように覚えている。そのゲートボールの授業にいた教育実習生のしゅうくんは週に二回、2時間ずつあった体育の授業で10人程度の女子と付き添いの先生1人というこじんまりした授業をやっていた。
共学なのに学校の男女比は女子が3分の2を占めていたので、授業に女子しかいないということは結構多い。人数が少ないこともあってしゅうくんは全員の顔をさっさと覚え、仕事を辞めて余生でちょっと威張るため今のうちにゲートボールを練習しておこう、と言って早速試合が始まった。ただ2ヶ月もゲートボールは正直飽きるので、たまに視聴覚室で映画を見たり、外周と言う名の散歩をしたり結構自由だった。今でも思うが正直しゅうくんは体育の先生っぽくはなかった。どっちかと言えば国語とか、日本史とか、とにかく体育の先生らしかぬ見た目、ひょろっとしていてがっちりはしていない、そしてめちゃくちゃ本を読んでいた。
しゅうくんとは帰りのバスの中でよく読んでいる本の話をした。

その当時わたしは西加奈子の「しずく」を読んでいた。短い短編集だったけど、猫を飼っている男女の話がとても印象に残っていた。
その話を帰りのバスの中でしゅうくんに話したら、
単行本だけど川上未映子の「すべて真夜中の恋人たち」いいよ。貸してあげるから読み終わったら感想教えて。と言われて読み始めたものの、当時高校生のわたしには難しかった。
あまり感想を言うとネタバレになってしまうので言わないが、それをしゅうくんに伝えると俺も高校生の時にこの本に出会いたかったな、となぜか羨ましがられる。25歳になった今、その気持ちはなんとなくわかる。

しゅうくんはその後、学校から去る前の日、放課後の空き教室でわたしの耳たぶにピアスの穴を開けた。2人で下校時刻ギリギリの空き教室でひっそりと行ったその儀式は今でも忘れられない。教室の窓際の隅で向かい合い、ほんとにいいの?やるよ?と何度も確認をしてきたしゅうくん。痛いことに怖くはなかったけど、あれはしゅうくんの優しさだったのかもしれない。しゅうくんは気を紛らわすためにいつも通り本の話を始めて、突発てきなタイミングでばちんと耳にピアッサーを押し当てた。そしてその帰り道にしゅうくんと一緒にバスに乗り、初めてしゅうくんはわたしと一緒のバス停で降りた。そして「すべて真夜中の恋人たち」をリュックから出して、この本が似合うような人になってほしいと言った。

8年経った今、似合うような人になっているとは思っていない。




#日記 #エッセイ #10代の思い出 #川上未映子 #すべて真夜中の恋人たち

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