見出し画像

多重「人格」のこと(7)

すっかり出尽くしてもう居ないだろうと思っていたけれど、まだ居たようです。しかも、かなり自分の核のような気がしています。

『健全な子さん』と仮に名付けます。

実はここ最近、もやっとした希死念慮に包まれて、低調気味でした。トリガーはおそらく、間接的にお世話になった方が急に亡くなられたこと、そして、普段はとても優しく可憐な方々が、亡くなって日も浅いその故人についての罵詈雑言をSNSで並べていたことだったと思います。その人達個人個人というよりは、巻き込まれないようにダンマリを決め込む自分自身に対して、不快感を覚えてしまったのです。

そんなことから連想したのか、広義の加害者だった子供の頃の自分の記憶が戻ってきた。確か小学二年の頃、どういう経緯かお楽しみ会の出し物をする為3人ずつのグループに分けられた。一人は時々遊んだりする女の子Sさん。もう一人は大人しく嫌われている女の子Yさんだった。Sさんの家で出し物について話したんだと思う。よく覚えていない。その帰り道、SさんはYさんのランドセルからノートなんかを出し、ドブ川に放り投げた。驚いたけれど「行こう!」と言うSさんについてその場を去った。去りながらYさんを見ると、泣いていた。翌日教室では、濡れた後乾かしたように波打ったノートがYさんの机の上にあった。あの後ドブ川から拾ったのだろう。Yさんは先生に言いつけたりしなかった。ただ、波打ったノートの前で授業を受けていた。

私は能動的に何もしなかったけれど、加担したのと同じことなのだと思う。加害者よりも卑怯かもしれない。

私が虐待されていても止めずに見ていた母親を批難したけれど、自分も全く同じ卑怯な人間だった。

Sさんが一度家に遊びに来た時、母親は「Sちゃんて可愛い子だね」と言った。心が何故だか重くなり、ただ、「うん」と言った。その時の気持ち。

もっと歳を重ねてから、十代の頃から近年までの自虐的習慣の記憶と重なる。自分自身を他人に差し出し様々な不適切な行為をしたりさせたりという、自傷行為。自分自身に対する虐待者であり傍観者である自分自身。

かくして、『健全な子さん』がやってきた。悔しさと怒りで泣いている。「酷いよ、絶対許さない!嫌だ!」と叫んでいる。自傷行為を繰り返した私に対する強い憎しみで溢れている。火のようだ。
『健全な子さん』は全部正しい。愚かだった私は、ただそんな言葉に撃たれるしか出来ない。ただどうしようもなく、肩を落としてうなだれるしかなかった。『健全な子さん』は絶対許さないと言うし、許す必要なんてないと私も思う。

「私は良くないことがわからなかった。だからずっと居てほしい。それで、『私』は消えてもいいから、代わりにここに居てほしい。」と伝えた。

変な話だけれど、そこからは『健全な子さん』と入れ替わったような気がしている。ずっと記憶は継続しているし私はずっと私なのだけど……

あの激しい怒りが無くなった代わりに、体全体から気力を感じる。覇気があるというか。

以前に臨床心理士の先生が言っていた「怒りと一緒になると強くなるんですよね」という言葉。一度経験はあるけれど、更なる怒りが隠れていたとは知らなかった。

(余談: これはたまたまかも知れないけれど、『健全な子さん』が出て来る前の晩、急に狂ったようにだし醤油や根菜を買い込んだ。その前まではずっと、南欧料理なんかを作っていたのに。子供の頃、きんぴらや切り干し大根があれば何も要らないという位好きだったなあと、思い出していた。

私の場合は内在性解離で、厳密には多重人格ではないけれど、そういう事ってあるんだろうか?)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?