アメリカ生活で小動物の洗礼を受けた話
先日、noteに長男の体調不良の話を書いた。
が、あれはメインの長男に関する出来事だけをまとめたもので、実はもっと様々なことが起きていた(本文中には触りだけ記載)。
これにより、私は人生で初めて「心がボッキリ折れる」という現象を体感したのである。
ー本編はこちらー
不穏のはじまり
12月某日。
長男がダウンして一週間ぐらい経った頃。数日かけて行われた検査がひと段落して、私たちは自宅で安静に過ごしながら結果の連絡を待っていた。
ドサササッ
ある日の午後、天井裏の隅のほうで何かが落ちたような音がした。
「ねぇ長男くん、いま何か音したよね?」
「うん、した」
「何やろうか、大きな音やったねぇ」
3歳にも満たない彼に話したところで何のヒントも得られないことは分かっていたけれど、とにかく「大きな音がした」共有を誰かとしておきたかった。
以前、オーナーさんから屋根裏にはネズミが走っているという話を聞いたことがあり、夫が庭で出くわしたこともあった。だから物音も「もしかしたらネズミかな」ぐらいで、特に気にしていなかった。
さらに2日ほど経って。
次男はハイハイ期。ふと、彼の着ている洋服が妙に黒ずんでいるのに気付いた。
この時期、ソファの下に潜り込んでは「ばぁ」と笑顔で出てくる超絶かわいい遊びがブームだったので「あらやだ、ソファの下ろくに掃除できてないから汚いんだわ」と、子供たちが寝静まった夜にアメリカ版のクイックルワイパーで床を拭いた。せっせと念入りに。
思った以上に黒い汚れがびっしりついて「こんなに汚れるもんかね」と疑問が浮かんだものの「早めに気付いてよかった」と思い直すことにした。
次男、突然の嘔吐
床掃除した当日だったか翌日だったか、次男が夜中に大きくむせ始めた。カポッと音がしたかと思うと、彼はとつぜん嘔吐した。
「ひょええええ」
慌てて次男を抱き上げる。彼の顔と体、私の髪と服、そしてベビーベッド…ありとあらゆるところに次男の出したものが付着して、何から手をつければいいか錯乱状態。
すぐにリビングにいた夫に来てもらい「多分これは移るやつだ」と薄手のビニール手袋(使い捨て)を用意した。まずは次男、次に私、最後にベビーベッドと、洗面所と行き来しながら綺麗にしていく。
この時点で、やや心は折れそうになっていた。
長男に続いて次男も…。あぁ、朝イチで病院に電話してアポイントを取ろう。えっと、長男はどうする?連れていくしかないから、彼をベビーカーに乗せて、次男は抱っこ紐にすればいいのか。
夫は長男の連日に渡る検査で会社を遅刻したり早退したりしていた。これ以上助けを求めるのは難しそうだったので、一緒に来てとは言えなかった。
夜中も次男の様子を随時チェック。とりあえず眠い。
侵入者の気配
翌日、午後に病院へ行く。診断結果は胃腸炎だった。0歳児でもなるんだとびっくりしたけれど、長男の付き添いで病院通いが続いていたので、どこかから何かウイルスをもらってしまったんだと理解に務めた。
一通り終えて帰宅。次男の調子も落ち着いていた。夕方からはゆっくりしようとホッとしたところだった。ただいま、と誰もいない家に声をかける。
リビングに目をやると同時に、背筋がぞぞぞーっとした。一見なにも変わっていないように見える。でも「明らかに違う」のだ。
これはやばいやつ。
瞬時にそう感じた。
我が家は玄関を開けたらリビングが広がっていて、その手前に2階へのぼる階段がある。だから子どもたちが勝手に出てこれないようにゲートを施している。
「長男くん、ちょっと2階へ上がるね」
えーなんで?という彼の抵抗をなだめて、まずは子どもたちの安全を確保すべく2階へ避難させた。
「ママはおやつとジュースを持ってくるから、次男くんと遊んで待ってて」
そう告げると再びリビングへ戻った。階段をおりながら、ありとあらゆる可能性に思考を巡らす。
最初に思ったのは強盗だ。ここはアメリカ。治安が良い場所を選んで住んでいると言っても、近所で銃声音を聞いたこともあるし、何が起こってもおかしくない。
犯人が潜んでいるのか?だったら、とりあえず家のものは何でも持って行っていいと言おう。
そんなことを考えつつ、息をひそめながらゲートを開けてリビングへ足を進めた。
身を隠せる場所なんて、ほとんどない。一通り見たが誰もいなかった。そして別に気になることがあった。
「オモチャの位置が微妙にズレてる…?」
これが、おそらく自宅へ帰ったときに最初に気付いた違和感だ。大きくは荒らされていないのに、出かける前とは散らかり具合が変わっているのだ。
そしてソファや床に無数の黒い小さな粒が転がっているのに気付いた。下ばかり見ていたけれど、窓辺付近の壁にも黒い斑点がたくさんあった。
「足跡だ」
動物の、足跡。だとしたら粒はフン…?オーマイガーである。
(不快感を和らげるため色味加工してお届け)
泣きたすぎる。
動物?ここに?どこに?まだいる?いない?
私の足の裏は、前に次男の洋服が黒ずんでいたように、真っ黒になっていた。到底ひとりでは闘えそうもない見えない敵に怯えて、オーナーさんに電話した。
「1時間でジョンが行ける」
ジョンは、オーナーさんが雇うスタッフ。家の何かが壊れるたびに直しに来てくれるのだけれど、動物退治もできるのを初めて知った。状況を話すと、フンの大きさから考えてネズミかリスかアライグマだという。
このときほど1時間が長く感じたことはない。2階には子どもたちがいる。オモチャもないテレビもない狭い部屋に飽き飽きしていて、長男は1階に行きたいと訴えていた。仕方がないからスマホでYou Tubeを見せながらやり過ごす。
「ママ、ミルク飲みたい」
うん、わかった取ってくるね。そう言って再びリビングへ向かう。
何とか敵の姿を捉えたかった。長男の体調不良によって、私たちは家に引きこもりだった。おそらく奴はずっとリビングへ出るチャンスを計っていて、病院へ行っている不在の隙に、待ってましたと言わんばかりに荒らしに出たのだ。
ということは、誰もいないことに安心すると、また出てくるのでは?
私はゆっくりゆっくり音を立てないように階段をおりた。そして、そーっと壁から顔を出してリビングを見渡した。
ふわん
ソファにあるクッション付近にフサフサとした尻尾が見えた。
ほら、おるやーん!怖えぇぇぇぇ!!!
リスだった。緑が多いエリアに住んでいるので、庭や道端にリスは普通にいる。遠くから見てる分にはただかわいいのだけれど、家の中で対峙するとめっちゃ怖い。動きがものすごく早いのだ。
(こういうタイプ…意外と目つきがキツイ)
しかも私ひとりだったらまだいい。幼児ふたりがいて、なおかつ体調不良という事態が、緊迫感を増幅させていた。
冷蔵庫に牛乳を取りに行かなければならないので、さも降参しているかのような態度(なにそれ)で肩身狭く歩いた。ブツを手にしてそそくさと2階へ行く。
いまは好きにしてくれ。
どうか2階に上がってきませんように、と隠れ蓑のドアをがっつり閉めてジョンが来るのを待った。
相手は野生のリス。衛生面の不安はもちろん、あらゆる感染症の危険がある。なぜ、いま…。
折れかけていた心にトドメを刺されたようで、私はガックシうなだれた。無理やり子どもたちに笑顔を作ることで気力を保とうとしていた。
助っ人の到着、夫の帰宅
ようやくジョンが着いた。体の大きな初老の男。たしかに敵は姿を見せたので、とりあえず追い出してほしい。そう告げると彼は「任せろ」と言って、持っている杖を振りかざした。
あー自分以外の大人がいるって安心。
しかし、30分経っても、1時間経っても、ジョンから声がかからない。掃除でもしているのか?不思議に思ってリビングに向かった。
「どこにもいないんだよ」
とジョンは首をかしげた。杖で細かく確認しているのに見当たらないのだと。
そんなはずないよ、だってソファのクッションのところで見たもん。
と私が言うや否や、ジョンがクッションをポンっと杖で叩いた。
ヒュッ、シュン!
リスが勢いよく飛び出した。
「ひぃぃぃぃぃ」
1時間もどこ探してたんだよ(怒)
こちらがお願いしたのもうっかり忘れて心の中で悪態をついた。というか日本語がわからないのをいいことに口に出した。リスの俊敏さが怖くて、椅子の上に立ちつつ身震いしている私を見てケラケラ笑うジョン。のんきな男だ。
「リスが生きててよかった。もし死んでいたら、さらにヤバい事態になっていたぞ〜」
英語ゆえにざっくり理解だが、どうやら死骸のほうが感染症のリスクが一気に高まるというのがジョンが持つ知識だった。イメージしただけで卒倒しそう。というか、生きてても死んでても、どちらにせよイヤだ。
そうこうしているうちに夫が帰ってきた。逐一いま起きていることをLINEで報告はしていたけれど、改めて状況を説明する。
子どもたちのところに戻らなきゃ。その場を夫に任せて2階へ上がった。
オーナーとジョンに話をつけてくれたらしい。今日夜から明日にかけてリスの追い出しと全てのクリーニングを行う。終わるまではホテルに泊まること。
体調不良キッズを連れて、今からホテルへ移動するのか…。いつのまにか夜は深く、もう21時を過ぎていた。
疲労困憊。
癒しの抹茶ラテ
自宅で過ごすことにうんざりしていたのは、私だけじゃなく長男も同じで、彼にとってはいいリフレッシュになったようだった。
「ホテルのまわりを散歩してみようか」
翌朝、夫がそう提案してくれた。幸い(?)リスの侵入は金曜日だった。ホテルで過ごす週末。前日の疲れを引きずっていたものの、久しぶりに病院以外で空の下へ出るのはワクワクが勝っていた。息子たちの体調もよさそう。
10分ほど歩いたら街に出た。雰囲気が良さそうなカフェを見つけて入る。普段こういう場所ではカフェラテをオーダーするのに、無性に抹茶ラテが飲みたくなった。日本が恋しかったのかもしれない。
外は12月らしい冷たい空気だった。天気がいいのでテラス席にした。あったかいラテを一口含むと、すーっと心と体に染み込んでいくのがわかった。
「おいしいねぇ」
夫と声をそろえた。私はこの抹茶ラテに癒された瞬間をずっと忘れないと思う。
長男が嬉しそうにパンを頬張っている。きっとここから良い循環に変わっていくんだ。街の通りはキラキラと輝いていた。それどころじゃなかったけれど、世間はもうすぐクリスマス。私たちは非日常を楽しむ努力をした。
折れかけていた、いや、もはや折れていた心の修復タイム。ジョンから「家に戻っていいぞ」と連絡を受けたのは2日ほど経ってからだった。
To be continued...
結果的に、リスは煙突から侵入して、暖炉をつたって我が家に入ってきたらしかった。私と長男が聞いたドサササッとした大きな音は、リスが煙突で足を滑らした瞬間だったのかもしれない。
暖炉には炭がある。それを体にかぶったままリビングに侵入したから、次男の洋服も私の足の裏も真っ黒だったんだ。
樹上性(木があるところで暮らす)リスというのは昼行性だそうだ。昼は暖炉付近に隠れておいて、夜に誰もいなくなったのを見計らって、時々出てきていたのかもしれない。数日間、一つの部屋にいたかと思うと恐ろしすぎる。
次男の胃腸炎との因果関係は分からないけれど、おそらく無関係ではないだろう。
「かもしれない」が多いのは、犯人を問い詰めることができないので、推測しかできないことによる。
この一件から、もう8ヶ月が経った。長男は経過観察を受けながらも元気に過ごしている。毎日スクールに通う。朝の定番はやっぱりヨーグルトだ。忙しくも、穏やかな日々。
つい先週のこと。
いつも通り、朝食にヨーグルトを食べているとき、長男が不意に言った。
「ねぇ、ママ、何か音がするよ」
「音?」
子どもたちが騒ぐのをシッと制して、耳を澄ます。
『ガシャッ、ガリガリ』
何者かが金網を引っかく音がする。懐中電灯と勇気を持って、おそるおそる暖炉の暗がりを照らす。
何も見えない。
不可解な音は鳴ったり、止んだり、を繰り返している。
「とりあえず、スクールに行こうか」
不在になるのをためらいながらも、出かける前に長男をトイレに促す。そこで驚くものを目にした。
足が黒いーーーーー!!!!!
ふと天井を見ると何かがぶつかった跡。
新たな悲劇の幕開けなのであった。
(もうやだ)
最後まで読んでいただいてありがとうございます。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです。