私がこの自立した生活が出来る理由

私は軽度の知的障がいがあり普段は介護施設の厨房で仕込みや洗浄補助をしてます。

今、私の両親は隣県で暮らしてます。
なぜ隣県で暮らしているかと両親の実家があるからです。両親共に両親が健在なのでこの先何かあったら高速を飛ばして片道4時間かけて帰省するのは歳を重ねる度に辛くなるのでそれなら往復1時間かからない所に住むべきだとなりました。

戻る事は障がいが分かる前から決まっていた事でした、障がいが発覚しても変わる事はありませんでした。

私も大人になり仕事や手帳の手続きの事もあるので付いて行くことは考えていませんでした。

自立した生活をするために3年ほど前までグループホーム(障がいが共同生活する場所)に住んでました。
高校生の時に学校の先生からグループホームと言うものがあると教えていただきました。
学校でも自立を目指してる人が何人かいたのでその人たちと親達と見学に行きました。
高校生の時に学校を通じて基幹相談センターの人と繋がりを作っていただき、学校の授業の一環でもある企業実習があり実習終わりに話をしに行ったりしてました。
そこの人が自分の法人のグループホームの見学や他の法人のグループホームなど探してくださり就職して1年半ぐらいでグループホームが決まりました。

中々のスピードで入居が決まり両親と私もびっくりしました。
そこで2年ほど生活しました。色んな人がいました。
いい人生経験になりました。
妹も就職して2年ぐらいになる頃妹も仕事を続けるため残る事を決めていたので住む場所を決めていたらそこでも中々のスピードで決まり私も妹と暮らす事になりました。

今、私は障がい支援サービスや制度を使って暮らしてます。
基幹相談センターや自立生活の支援や親亡きあとの支援など色々を使ってます。地域に私が障がいがある事を知ってくれてる人もいるので災害時に避難所などで全く知らない人ばかりになる事はありません。
親がいなくてもなんとがなる環境です。

私の両親は自分達がいなくなる事を見越し私の暮らしやすい環境を整えてくれました。

障がいがあっても一般企業で働いたり恋愛したり、結婚したり、好きな事したり普通の人と変わらない生活が送れるのです。
障がい=マイナスな考えは無くして障がい=楽しい幸せぐらいになって欲しい
私の両親は障がい=楽しい幸せにしてるくれたと思います。

障がい=楽しい幸せになれない人もいると思います。
身体の障がいでスムーズに行動ができない、介助や看護が必要の人もいるので、でもきっといつか楽しい幸せってなれる事を願ってます。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?