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[書評] 左脳さん、右脳さん。

ネドじゅん『左脳さん、右脳さん。』(ナチュラルスピリット、2023)

マインドフルネスに至るもう一つのシンプルな道

マインドフルネスの方法指南書はいろいろある。これはマインドフルネスの捉え方がいろいろあることから来ている。

本書の場合はマインドフルネスはざっくり言えば「悟り」と呼ばれる状態をさす。〈あたまのなかをぐるぐるまわっているひとりごとの思考が完全に消えて無くなった〉状態と、著者は説明する。

あくまで〈ひとりごとの思考が完全に消えて無くなった〉状態であり、〈思考停止した〉状態ではないことに注意が必要だ。思考は脳がつむぎだし続けており、いざという時にはちゃんと働く。

この〈マインドフルネス〉は英語の mindfulness をカタカナにしたものだが、一般社団法人マインドフルネス瞑想協会によると、〈元々はパーリ語の「サティ」という言葉の英訳で、日本語では「気づき」、漢語では「念」と訳されています。「自覚」「集中」「覚醒」とも言い替えられます〉とのことだ。

ただし、言うまでもないが、英語の mindfulness はパーリ語の sati の英訳として生まれたわけではない。

念のため、英語の mindfulness および元の語 mindful について見ておこう。

英語の mindfulness は形容詞 mindful に接尾辞 -ness を加えて名詞(substantive)としたものだ。mindful である状態または性質をさす。

その mindful とは「〜に注意する」「〜を念頭におく」(Taking thought or care of; heedful of; keeping remembrance of)の意だ。

反対語は mindless で「思慮のない」「不注意な」(Unmindful, thoughtless, heedless, disregardful, negligent, forgetful, careless of)の意だ。

以上の英語による語義は OED、日本語訳は岩波英和辞典による。

反対語をふまえると、mindful とは思慮の〈ある〉、または注意の〈ある〉状態と言える。

本書では、〈ある日突然に思考が消えました〉ということで、〈そこに至るまでのステップ〉を著者はぜんぶ覚えており、その実践方法を余すところなく公開した本である。

その方法はシンプルなのだが、簡単とは言えず、〈意識の目覚め〉が起きるまでの道のりは人によるだろう。その先に待っているのは〈意識の変容〉であり、〈ワンネス〉であると、著者は述べる。

本書は参考文献はいっさい挙げられておらず、どういう方法論に依拠するのかも書いてない。あくまで、著者自身の体験に基づいて書いてある。

よって、体系的に捉えないと気がすまない人には物足りないかもしれない。

何らかの体系による叙述ではないので、他との比較があるいは参考になるかもしれない。それで、少し他と比較してみる。

評者の知る限りでいうと、神道における〈中今〉にかなり近い。

アイルランドの修道女 Sister Stan などが唱える mindfulness のようなものとは、すこし違う。

インドのサイ・ババの光明瞑想には通じるところがあるように思える。

ところで、本書は題に『左脳さん、右脳さん。』とある。左脳と右脳とを本書はどう捉えているのか。

一見すると、本書の主旨は、有名なジル・ボルト・テイラーの『奇跡の脳』(脳神経学者がある日、脳の左半球が脳卒中に襲われ、その後、完全に立ち直った世界で初めての記録)に類したものに見える。が、本書にはテイラーの書への言及はない。

では、本書は左脳と右脳とをどう見ているのか。

著者いわく、〈わたしたちには古代の脳機能と現代の人間社会に特化した脳機能が、いまも両方あります。片方はいま・ここ、もう片方は過去・未来〉。前者が右脳で、後者が左脳。

つまり、もともと左脳(意識)はなかった。

〈あなたと左脳さんが別々である〉ことに気づくチャンスはいろいろある。例えば、〈右脳さんの直観を聞こうとすると、左脳さんが邪魔をしてくることがあります〉と。ちょうど〈子どもの声をバカにする大人のように〉左脳は思わず出てきてしまう。〈ほら、こんなことやっても意味がないよ。バカバカしい〉と左脳は告げる。

そんなとき、その左脳の声に対して、こう言ってくださいと本書は書く。〈きみは安全に注意を払っていてくれ。もちろんわたしも気をつける。頼んだよ〉と。こう言うと、左脳は衝撃を受けるという。自分に対して直接言われることに慣れていないのだ。

という具合に、左脳と右脳、それから〈わたし〉にあたる意識の焦点、この3つの意識が自分という個の中にあると本書は説く。

〈わたし〉が意識の焦点というのは、もともとは〈生命という巨大な意識体の、指先〉であるということ。〈微生物も植物も動物も、ぜんぶひとつのエネルギーの現れ〉だと著者は述べる。

ところが、人間は〈その、ひとつであるという自分の根っこにあるはずの、おおもとのそれ。それに接続できなくなっている〉という。この接続を切離したのが思考。つまり、左脳。

本書は、この思考の切離す働きをミュートするための実践的な方法が書いてある。

評者の言葉でいえば、わたしたちは元々ひとつのソース(源)につながっている。その接続を回復するための実践的方法を書いたものが少ないので、著者はこの本を書いたということになる。その意味では、貴重な本である。

上で参考文献の記載がない旨を書いたが、〈アメリカでは(悟りの変容について)調査も行われています〉(10章)と記されている。著者がブログで書いている内容を参考にすると、この調査はおそらく社会科学者のマーティン博士(Dr. Jeffery A. Martin)によるものではないかと思われる。

#書評 #マインドフルネス #右脳 #左脳

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