見出し画像

[書評] Ulysses

James Joyce, 𝑈𝑙𝑦𝑠𝑠𝑒𝑠 (Alma Books, 2019)

James Joyce, 𝑈𝑙𝑦𝑠𝑠𝑒𝑠

壮大なインターテクストだ。

しかし、彼自身の文体はあるのかと問われれば、分らないとしか答えられない。

あるいは、次の文はそうかもしれない。

Before born babe bliss had. Within womb won he worship.

第14挿話のはじめのほうに出てくる。アルフリクのアングロサクスンの頭韻文体を模したと言われているが、模倣としては不完全だ。でも、千年前の香りはある。この挿話は産科病院の夜10時頃をえがく。英国で最初の産科病院は当時英国の一部だったアイルランドのダブリンにあった。

小説がえがくのは1904年6月16日木曜日の朝8時から深夜3時までのダブリンだ。主人公はアイルランドにいるはずはないと言われたユダヤ人のブルーム。著者の分身とも言えるデダラスのほうが好きと言うひとは多いが,一応、ブルームが主人公。

このふたり、および周りのあまたの登場人物、およびアイルランドの神話伝説歴史文化言語政治経済その他ありとあらゆるものがぶちこまれた小説で、およそアイルランドに何らかの関心があるひとは一生楽しめる本である。

ただし、楽しむためには、本が要る。その本を決めるのがむずかしい。これがこの小説の最大の難関のひとつではないか。

この小説は長い。長いのは仕方ない。作者が書きたくて書いたのだから、文句を言ってもしようがない。あるひと (駐米アイルランド大使) がこの本をマラソンに譬えたが、確かに、次の角を曲がるまでがんばろうと所々で思わせる小説ではある。

問題は読む側が手に取る本のほうだ。これが定まらない。これこそが決定版だと言われる版が複数ある。一応、座標軸のように、どこを読んでいるかを知るための標準版 (Gabler 版) はある。しかし、標準版を汚すことはできない。

これまで複数の版で読んできたが,最近、やっとこれならと思える版に出会った。それがこのアルマ・クラシクス版である。大きさも値段も手頃、スロートらの注釈は多すぎず少なすぎず、ちょうど良い。ただ、ひとつだけ問題がある。字が小さいのだ。仕方なく、この版を読むために拡大鏡を手に入れたが、何とかならぬものか。これの電子版でも出れば字を好きな大きさにできるのだが。

そこで、考えられる方法は、読みやすい、もうひとつの標準版 (riverrun 版) を本文を読むためのテクストとし、注釈はスロートらの注釈だけの本 (OUP, 2022) を使うという方法だ。これなら、すべての問題が解決しそうだ。ただし、その注釈本は現時点で入手困難で、手に入ったとしても2万円以上はする。ペーバ版を待つのがよいか。

いま注釈のことを書いたが,この小説は注釈なしでは読めない。その点は聖書に似る。自分の考えで読むのだという豪傑の存在には敬意を払うが、世界中の学者が百年食うに困らないような仕掛けを著者が施した書を何の助けもなしに読むのは無謀に近い。ただし、本書の最初の読者には注釈なぞなかった。その同じ立場 (初読者) に立って読むのが意外に新しい読みを開くとも言われている。

もう一つ、朗読を聴きながらテクストを読むという方法も推奨されている。特に、最後の第18挿話は、すぐれた読み手の朗読で聴くと、切れ目のない長い文がどのように意識の中に湧き出ているかが手に取るように分る。Pegg Monahan によるモリの独白 はすばらしい。

#書評 #ジョイス #ユリシーズ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?