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[書評]奈加靖子『緑の国の物語』

奈加靖子『緑の国の物語』(愛育出版、2021)

奈加靖子『緑の国の物語』(絵 © Rie Kashiwagi)

アイルランド歌集。12曲の解説、手書きの楽譜、訳詞に絵 (柏木リエ) がついた大型の本。原語で唄った CD が附属する。CD の歌とハープは奈加靖子、ピアノは永田雅代、録音は塙一郎。

本は3章に分かれ、各章に4曲が配される。

第1章は「季節はめぐり たどりついた愛のかたち」の題で、Thomas Moore (1779-1852) の〈夏の名残りの薔薇〉(The Last Rose of Summer, 'Irish Melodies' [1808-34] 所収) で幕を開ける。この歌は、日本では里見 義 (ただし) の作詞による〈庭の千草〉の題で知られる。Edward Bunting が1792年に採譜した伝統曲 'Aisling an Óigfhear' (若者の夢) にMoore が詩を付けた。今日では 'The Last Rose of Summer' の題で知られるが、Moore は ' 'Tis the Last Rose of Summer' の題で発表した。

第2章は「この空の下で あなたを想うとき」の題で、有名な〈ダニー・ボーイ〉(Danny Boy) で始まる。附属の CD では、第1章の4曲がすべてハープの弾き語りであったのに対し、この歌はピアノ伴奏で唄われ、新鮮な印象を与える。率直に申せば、この1曲を聴くためだけでも本書を買う値打ちがある。奈加靖子の日本語の歌唱はかねて素晴らしいと思っていたが、英語の歌唱がこれほどのものとは不明を恥じる。解説中にアイルランド語の「肘の」 uilleann (「肘」uillinn の属格) の説明があるが、アイルランド語では「イラン」「イルン」などと発音する。 

第3章は「新しい朝 ハシバミの木を囲んで」の題で、おそらく日本ではあまり知られていない歌を中心に集められている。最後のアイルランド国歌はいろいろな機会に耳にすることが多いかもしれない。この章では、〈希望の島・涙の島〉(Isle of Hope, Isle of Tears) という歌が出色だ。この歌を作ったのは、'You Raise Me Up' の作詞者としても知られる Brendan Graham (1945- ) だ。ニューヨーク港のエリス島移民局を初めて通過した移民の Annie Moore (1877-1924, アイルランド南部のコーク県出身) をうたった歌だ。当時15歳の少女だったアニーがどんな気持ちで異国のエリス島に降りたったかに思いをいたしたこの歌は、人種や国境を超えて人びとの胸を打つに違いない。Graham によれば、同歌は今やバスクや福島でも唄われているという。 

#書評 #アイルランド #歌集


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