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あたしはビー、女王蜂

 世界にはミツバチがいる。
 お花から蜜を集めて来る働きバチだ。
 ロイヤルゼリーを作って、女王蜂に献上する。
 女王蜂は、その一番美味しいところを頂く。
 そしてオスバチと生殖して子孫を増やす。
 家族だ。社会だ。国家だ。女王様の国だ。
 そしてあたしはビー、女王蜂だ。その資格がある。
 
 その喫茶店には、若い男女がいた。
 「幼馴染君、久しぶり。中学卒業以来?」
 「……そうだね。久しぶり」
 あたしは笑顔で、幼馴染君を見た。冴えない。
 「最近どう?大学は卒業した?」
 幼馴染君は頷いた。相変わらず背が低く、瘦せている。
 「バイトやっているんだっけ?」
 幼馴染君は頷いた。情報に間違いはない。
 「実家暮らし?」
 幼馴染君は頷いた。これも確認だ。
 「今日はね。幼馴染君にいい話を持ってきたの」
 きっとお金を貯め込んでいる。30万くらいいけるか?
 養蜂家(ようほうか)に投資して、ロイヤルゼリーを売る話をした。
 「これ、絶対に儲かるよ!幼馴染君、投資しよう!」
 嘘だ。詐欺だ。騙しのテクニックだ。黒い煙が立ち上がる。
 「……でも失敗したらどうするの?」
 幼馴染君は心配そうにこちらを見た。あたしは笑顔で言った。
 「その時はあたしが幼馴染君の一日彼女になってあげるよ!」
 思わず幼馴染君は眼鏡をずり落とした。マンガみたいだ。
 「……え?それどういう意味?」
 「30万用意したら、教えてあげる」
 満面の笑みで言った。あたしの背後で黒い影が動く。
 「でもホテルで休憩とかなしだよ。あ、でももっと出したら考えるかも」
 まだ東京が機能していた頃の話だ。あたしはミツバチを育てていた。
 
 「愛している」
 嘘吐け。愛しているのはあたしの身体だろう。でもオッケー。
 「……私も」
 あたしは、ベッドでパパに抱きついた。夜だ。裸だ。ホテルだ。
 「ビー。俺の愛人にならないか?部屋も用意する」
 推定年収800万。う~ん。奥さん子供いるし取れて100万かな?
 「……部屋は要らない。即金で100万ならいいよ。期間四か月」
 あたしは良心的だからボらない。ミツバチが死んでは意味がない。
 「う~ん。これは安いのか?高いのか?半年はダメ?」
 あたしは同時並行スケジュールを展開する。脳内ガンチャだ。
 「……いいよ。じゃ半年即金120万」
 「ビーには敵わない。商売上手だね」
 あたしは新規契約をゲットした。背後に黒い影と黒煙が立ち込める。
 
 そのマンションの部屋で、あたしは生活感を出す努力をしていた。
 今日でこの契約は終わりだ。だが手は抜かない。
 なるべくあたしがいた感じを残して立ち去る。
 床に脱ぎ捨てた色とりどりの下着が散らばっていた。やり過ぎか?
 金額は年間400万出た。相手は土建の会長だ。厳しい。
 だが歳はお爺ちゃんと孫娘くらい離れている。
 老人介護だ。あたしは元気なお爺ちゃんの面倒を見た。
 よくお歌を歌って、お爺ちゃんを眠らせる。子守歌だ。
 あたしの歌は、疲れた男の人を眠らせる効果があるらしい。
 そしてこのお爺ちゃんは、アンチエイジングと称してあたしを抱いた。
 変な老人だったが、男性とはそういう生き物だと知った。
 
 四生五死という言葉がある。
 借金五千万なら自殺するが、四千万なら生きると言う意味だ。
 コンビニ業界の巨大フランチャイズチェーン本部の造語だ。
 あたしの親は脱サラして、コンビニ始めて、地獄に堕ちた。
 ロイヤリティと称して、お店は売上を半分以上取られる。
 五公五民を破っている。昔の農民と地頭だ。江戸時代なら一揆が起きる。
 これは負け戦だ。あたしは親からお金の大切さを学んだ。
 多分、あたしは商才がある。だから女王蜂を目指す。
 あたしだけの女王の国を作るためだ。クイーン・ビーだ。
 
 ある日、母親からSNSで長文が来た。何だ?
 「ビー。あなた、そんな事ばかりしていると、本当に大切な人に出会った時に、喜びがなくなるから、今すぐやめなさい。人間はおサルさんじゃないんだから、もっと理性的に……」
 「うん。分かった。今度、帰った時に詳しく教えてね」
 あたしは返信した。女王蜂のアイコンに既読は付いたが返信はなかった。
 その後、後輩から久しぶりの連絡が入り、その長文はすぐに忘れた。
 実はそこに運命の扉が開いていたのに、スルーした。気が付かなかった。
 通話するあたしのスマホから、黒い煙が出ていた。黒い影も動いていた。
 
 その日、あたしは六本木の外れ、「Dear Barbizon 西麻布ビル」にいた。
 大学で後輩だったコに呼ばれて来た。黒ギャルだ。
 あたしは化粧室でスマホのカメラを起動して、入念にチェックしていた。
 こういうのは見た目が全てだ。絶対舐められてはならない。
 完璧で隙のない姿を見せないといけない。うん。あたしは今一番美しい。
 あたしは化粧室を出た。エレベーターに乗って、ビルの最上階を目指す。
 扉が開くと、そこはラウンジになっていた。
 中央に噴水があって、丸いソファーがぐるっとある。
 「先輩!」
 その黒ギャルが手を振って、喜びの声を上げた。
 「……ビーでいいよ」
 黒ギャルは、メートル級の胸をしていた。
 おかしい。こんなに大きくなかった筈だ。
 「紹介するね……」
 黒ギャルの案内で、あたしは三人の男たちを見た。
 右に2メートルを超える黒マントの大男、左に白衣の外人だ。
 中央に白スーツのホストが座っている。眼が合った。
 「合格」
 そのホストはいきなり言った。あたしは目を瞬く。
 「量産型サキュバスに回してくれ。四号機だ」
 「やった。これでお仲間!じゃなかったお仲魔だね」
 黒ギャルがそう言うと、あたしは話について行けず首を傾げた。
 「零号機。論より証拠だ。見せてみろ」
 ホストがそう言うと、黒ギャルがスマホをかかげて変身した。
 これは何だ?現実か?魔法少女?いや、ちょっと違う?
 「これは淫魔サキュバスだ。君のビジネスに役立つ」
 あたしは警戒したが、興味が先立った。
 「……あたしの?」
 「そうだ。これは男殺しだ。究極の人型決戦兵器だ」
 「……なるほど」
 あたしは淫魔サキュバス零号機を見た。物凄い姿だ。
 放射される色気が凄まじい。これで堕ちない男はいないか?
 「ビー。君には資格がある。君は低能力者だ」
 「……低能力者?」
 「君は疲れている男を眠らせるのが上手いだろう。それは催眠術だ」
 催眠術?あたしがラ〇ホーを使っていたと?いやいや、そんな訳ない。
 「実は淫魔は燃費が悪くてな。絶えずエナジーを吸収しないといけない」
 ホストがそう言うと、零号機がヤレヤレという調子で言った。
 「そうなの。貢物がないとダメなの。でも先輩ならOKでしょ」
 確かにミツバチは沢山いる。貢物はお金だったが。
 「童貞が美味しいの。やめられない」
 零号機がアホな事を言っていた。あたしは呆れた。
 「……色ボケも大概だけど、興味がある。幾ら?」
 この男が六本木の悪魔営業、地獄ホストと言われているのは知っている。
 あたしは情報収集を怠らない。この界隈で生きるためだ。
 「流石に話が早いな。見込んだ通りだ。博士、準備を頼む」
 ホストがそう言うと、白衣を着た外人が立ち上がって、どこかに行った。
 「……身体に何かするの?」
 「美容整形みたいなものだ。変身しなければ元の姿でいられる」
 なるほどそれで変身したのか。それにしてもスマホで変身とはお手軽だ。
 「……それで幾ら掛かるの?」
 警戒した。お金はあたしの国を作るための大切な元手だ。
 「いや、お金はかからない。タダだ。ちょっと眠ってもらうから……」
 ホストは手をかざした。催眠術が使える?あたしは急速に眠りに堕ちた。
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード61

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