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とある内閣の組閣

 大陸で日本人が逮捕された。スパイ容疑だ。会社員らしい。
 「国内で逮捕可能な大陸人のリストを出せ」
 その外務大臣は、地下執務室で、次官にそう指示した。議員一年生だ。
 「……そんな事をしたら、大変な事になります。交渉は我々に任せて下さい」
 これだから政治経験がない素人は困ると言わんばかりに、次官は言った。
 「偵察総局に要請するんだ。国内で逮捕可能なリストを出せと」
 議員一年生は繰り返した。次官は首を傾げている。
 「……スパイ容疑で死刑になった者はおりません。じっくり取り組みましょう」
 麻薬所持なら死刑だが、スパイ容疑は必ず解放される。次官は、大臣の話を無視した。
 「いいから、実行したまえ!」
 議員一年生は机を叩いた。次官は部屋から飛び出した。だがなぜ偵察総局なのか?
 「……偵察総局局長からお電話です」
 秘書の一人が、内線を取って、議員一年生に渡そうとした。だが彼は遠ざけた。
 「これから早弁だ。後にしろ」
 外務大臣は本当に、弁当箱を取り出して、食べ始めた。娘が作った。旨い?
 「……大臣、お電話です」
 また秘書が内線を持ってやって来た。誰だ?
 「……大陸の国家主席です」
 議員一年生は口をヘの字に曲げた。なんで今出て来る。止むなく取る。
 「軒先で一局、囲碁を指したくなってね。ああ、娘の弁当で食事中か。逮捕者は解放しよう」
 通訳を通して聞こえて来た党中央の声は、ポン友のようでさえあった。独裁者は孤独か?
 「……何がしたい?ハッキリ言ってくれないと分からない」
 「せっかちだな。君にちょっとした警告を知らせようと思ってね。半島の例の男だよ」
 半島?黒電話の事か?あの人民大将軍がどうかしたのか?もう本物も偽物も意味ないが。
 「奴は奥の手を隠している。そろそろ破れかぶれになって使う頃だ。気を付けたまえ」
 やけに親切だった。わざわざ教えてくれる情報ではない。これは好意か?悪意か?
 議員一年生は、電話を置くと、暫くの間、考えた。奥の手?水爆か、何かか?
 「……総理から連絡です。緊急会議です。大至急来て下さい」
 また秘書が飛び込んで来た。何だ?今日は忙しい。折角、考え事をしていたのに。
 地下大会議室に行くと、大画面のモニターに、C〇Nの特派員の顔が映っていた。何処か外国の様子を報道している。路上で人々が倒れていた。内閣揃って、〇NNを見るのはどうか。
 「……今のが、第一報です」
 司会進行役の秘書官がそう言うと、動画を止めた。え、これYou Tubeか?
 「これは何だね?なぜ街中の人が倒れているのか?ガスかね?」
 総理大臣が、防衛大臣に尋ねた。東西勢力干渉地帯の首都の映像らしい。
 「……いえ、ガスではありません。大統領閣下も亡くなったそうです」
 防衛大臣がそう伝えると、衝撃が走った。一同、起立して、黙祷を捧げた。
 「なぜ亡くなったんだ?死因は何か?」
 総理大臣は当然の疑問を発した。とうとう、あのカーキ色の道化師も死んだか。英霊だな。
 「……マスコミの報道では、新型爆弾としか言われていません」
 秘書官がそう答えると、止められたビデオの画像を見た。街中で人が倒れている。
 「新型爆弾だと?それでジェットスキー大統領も亡くなったのか?場所はどこだ?」
 「……地下司令室で、ベッドで眠るように亡くなっていたそうです」
 秘書官の回答を聞いて、議員一年生は、ピンと来た。これはNeutronだ。間違いない。
 「偵察総局から分析結果が出ました」
 リモートで偵察総局局長の顔が映っている。何か言っている。日本語じゃない?
 「……新型爆弾は中性子爆弾だそうです。コンクリートの壁や地下を貫通して、中性子があらゆる生物を殺し、都市のインフラはそのまま残るそうです」
 秘書官の解説を聞いて、総理大臣以下、声もない。そんな爆弾があるのかという顔だ。
 「核兵器の一種です。都市上空で爆発させて、中性子で人を殺す。爆心地はショック死しますが、離れた場所でも放射能で、体細胞が崩壊して、代謝機能を失い、数日で死に至ります」
 生きたまま腐って、死に至る。別名、Zombie makerだ。全身が赤黒く爛れて、死ぬ。
 「……その中性子爆弾に対する対策は?」
 総理大臣は不安そうな面持ちで尋ねた。この地下要塞が大丈夫か、心配しているのだろう。
 「水は中性子を通しません。プールの中とかであれば、安全です」
 秘書官がそう答えると、その後、この地下要塞の詳しい解説に入った。そんな話はどうでもいい。だがどうでもいい話が続いた。議員一年生は考えた。北方の大統領は、とうとうやったのだ。最後の一線を超えた。欧州大戦は終わるだろう。いや、これからが真の始まりか。
 だが東西勢力干渉地帯は、EUにもNATOにも加盟していない。集団的自衛権の適応外だ。全面核戦争にならない。秘書が、そっと後ろから声を掛けてきた。最重要案件だと言う。
 「……外務大臣、緊急案件につき一端、離席します」
 会議が休憩に入ると、議員一年生は執務室に戻った。USBが一本置いてある。PCに刺して、確認してみると、wave、mp4、docx、xlsx、pptxなどのファイルが沢山詰まっていた。試しに、『夢解き』と題されたwaveから、プレイヤーで音声ファイルを再生する。
 若い女の子の声と、お婆さんの声が入っていた。火星17号とか、白頭山とか、聞こえた。
 「……立花神社からお電話です」
 秘書がそう言うので、議員一年生が電話を取ると、立花神社のIT巫女だった。
 「……中身は見たかい?」
 「まだ全部は見ていない」
 「……時間がないから要点だけ伝えるよ」
 IT巫女は言った。東京に水爆が落ちる。白頭山の天池から火星17号が発射される。これを防ぐための作戦を立案したので、閣議で通せ。間に合わなければ、日本は終わる。
 「大陸の国家主席からも警告の電話を貰ったよ。ロケットマンの最後の奥の手らしいな?」
 「……あんたも情報を掴んでいたようだね。急ぎな。防衛大臣にファイルを渡すんだ」
 「分かった。ホツマツタエのお嬢さんにお礼を伝えてくれ」
 立花神社、当代の継承者だろう。令和の大巫女と聞いている。最後の継承者らしい。
 「……あの子は、並行世界をそのまま見ている。幾つかの世界がすでにそうなっている」
 霊夢を見たようだ。いや、正夢にしてはいけない類の悪夢か。誰か基礎理論を作ってくれ。
 「分かった。とにかく通す」
 「……今日、このために、わざわざあんたと手を組んだんだ。春江花月夜の君よ」
 「ふん、どうせ大陸に返り咲く花道もない。この国で俺の運命も果てるさ」
 議員一年生は電話を置くと、地下大会議室に向かった。国家の最重要案件だ。日本の存亡に関わる。この後、何回日本は危機に陥るのか分からないが、火の粉は払わないといけない。
 議員一年生は、USBを防衛大臣に渡すと、半島から水爆が降って来る。東京だと伝えた。
 「……それは本当かね。どこで掴んだ情報かね」
 総理大臣は驚いていた。だが議員一年生の話を、否定したりはしなかった。
 「一つは大陸の国家主席から。もう一つは私の個人的な情報源からです」
 地下大会議室は静まり返った。官房長官だけ、我関せずという態度で超然としている。
 「……その君の個人的な情報源というのは?」
 財務大臣が質問した。当然の疑問だ。まぁ、USBの中身を見れば、分かってしまうが。
 「それはお答えできませんな。俗界の事柄ではないが故……」
 議員一年生がそう答えると、軽い畏怖と驚きのようなものが会議室に広がった。
 「……では大陸の党中央は何と言っていたのかね?」
 リモートで参加している偵察総局局長が尋ねてきた。おや、話が伝わっていない?
 「ロケットマンの奥の手だよ。白頭山の天池から火星17号を発射する」
 「……バカな!そんな処に弾道ミサイル基地がある訳がない!」
 防衛大臣が叫んだ。USBは防衛省・自衛隊に回されて、すでに解析が始まっている。
 「詳細はさっきのUSBを確認して下さい。急いで下さい。時間がない」
 弾道ミサイル発射まで、それほど時間がある訳ではない。急がないと間に合わない。
 「総理、ご決断下さい。そのUSBのプランを実行しないと東京が危ない」
 この大深度地下要塞は大丈夫だろう。だが地上は核の炎で一掃される。
 「……だが失敗したり、情報が虚偽だった場合は、どうすればいいのだ?」
 「総理は地下に留まり下さい。私は地上に出ようかと思います」
 「……なぜだ?なぜそんな事をする?君は矛盾している!」
 議員一年生は何も答えなかった。作戦に失敗した場合、全てを失う。なら地上にいるべきだ。その時、統合幕僚長が挙手して、発言を求めた。秘書官が総理大臣を見る。彼は頷いた。
 「……まだ詳細を見ていませんが、阻止プラン自体は実行可能です。難しくない」
 問題はこの情報が信じられるかどうかだ。閣議の出席者全員がこちらを見る。
 「……君は北方の大国相手に不可能事をやってのけた。君に任せよう」
 その内閣総理大臣は、項垂れるように言った。もうこの状況にお手上げという感じだ。
 議員一年生は、新田原基地の第305飛行隊から、とあるパイロットを指名した。百里基地に、UFOを引っ張って来た男だ。間違いなく数奇な運命を持っている。恐らく土壇場で、状況を一変させる出来事があった場合、対応力が求められる。そういう時、こういう男がいい。
 その後も、議員一年生は、統幕と詳細を詰めた。阻止プラン自体は出来上がっているのだ。全部あのIT婆さんの仕事だ。あとは人選するだけだ。防衛大臣はもう何も言わなかった。
 こうしてF-15J改が四機、九州の基地から発進して、半島の白頭山に向かった。議員一年生は、大深度地下政府を出ると、地上の自宅に戻ろうかと思った。地上は桜もない春だった。
 すでに弾道ミサイル発射阻止作戦は、始まっている。作戦失敗の場合、そろそろ東京にも弾道ミサイルが落ちて来る時刻だ。一発目は、代々木公園に着弾した。PAC3は迎撃に失敗。幸い、これは通常弾頭だった。公園に大きなクレーターが出来たが、人的被害もない。
 他の弾道ミサイルは、全て合衆国に向かった。西海岸のシアトルに一発、これも通常弾頭だ。東海岸のニューヨークに一発、人的被害が出たが、これも通常弾頭だ。だがグアムに落ちた一発が水爆だった。米軍基地もろとも全島が吹き飛んだ。全滅だ。誰一人助からない。
 グアムには申し訳ないが、できる事はやった。賭けに勝ったと言えるだろう。
 「……もう無理だ。状況に対応できない。能力的に無理だ。私では日本を潰してしまう」
 総理大臣がその場で辞意を表明した。皆沈黙する。だが議員一年生は平然としていた。
 「……私は外務大臣を副総理に指名する。もう怪力乱心でも、何でも使いたまえ」
 総理大臣がそう言うと、なぜか官房長官の昼行燈が承認した。内閣ご意見番か。
 「……総裁選は後でやりますが、今は緊急です。空白期間を避けたい。副総理」
 昼行燈がそう議員一年生を呼ぶと、外務大臣兼副総理として、総理を代行する事になった。それから暫くして、党総裁選が行われ、とある内閣の組閣も行われた。のちに怪力乱心内閣と言われた。とうとう議員一年生が、日本国の首相、総理大臣になってしまったからだ。

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード100

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