michellerain

ショートショート、ショートストーリー、エッセイや詩を書いています。

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最近の記事

【ショートストーリー】穴の消滅

 Annaが消えた。失ってしまったのだ。私は混乱しながら、さっきまで穴があったあたりを人差し指でなぞった。穴がなくなってしまうと、これまで自分が目にしてきたもの、関わってきたものの存在すべてに、確信が持てなくなってしまった。人生なんておおかたそんなものなのかもしれない。            *  数か月前、私は離婚調停の最中だった。幼い一人娘の親権を巡って妻と揉めていた。形勢は妻に有利だということは明らかで、私は生きる望みを失いかけていた。  別居中のマンションの部屋

    • 【ショートショート】喋ったら負け

      商業施設内の女性化粧室に入った。右に3つ、左に3つある個室のうち、左奥の1つを除き、全て使用中だった。私の前に若い女性が待っていた。左奥が空いていることに気づいていないわけはないだろうから、きっと、入ろうとしたらトイレットペーパーがなかったとか、鍵が壊れていたとかなにかで、使うのをためらったのだろうと解釈した。私も残り5つもあるのだから、すぐにどれかが空くだろうと思って彼女の後ろで待った。 ところが、どのドアも開く気配がない。物音ひとつせず静まりかえっていた。2、3分が経っ

      • 【ショートストーリー】小説家マドカさん 六たび登場

         ノボルが金を返してくれたおかげで、僕は来月、めでたく円ハイツから引っ越せることになった。今日、ノボルのお母さんが上京してきて、大学の授業の後で会った。ノボルが僕から金を借りて迷惑をかけたことを、会ってお詫びしたいということだった。お母さんは大学の近くの喫茶店で待っていた。お母さんは僕の想像していたのとはずいぶん違った。子ども3人のシングルマザーには見えないくらい、若く綺麗な人で、ノボルの「お姉さん」でも通用しそうだった。話がひと段落したところでお母さんが、「あのう、できたら

        • 【桜 三部作#3】残桜

           枯れたように見える古木も、いや、古木であればあるほど、生命力を見せつけるかのように、もくもくと花で枝を埋め尽くす。大木は下から見上げると、圧倒されてしまいそうだ。はかなく散っていくからこそ桜は美しいと、この国の人は言う。今を盛りと春風に深呼吸する桜も美しいが、散り時を知って舞い落ちる桜も、また美しいと。いくつかのコントラストの上に、日本の桜は桜であり続けているようだ。  日本に住んで25年目の春がきた。アメリカ人である僕は、日本の人たちが桜に熱狂する姿を見るのが好きだ。桜

        【ショートストーリー】穴の消滅

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        • ショートストーリー
          29本
        • ショートショート
          43本
        • 【シリーズ ストーリー】小説家マドカさん
          6本
        • 【桜 三部作】
          3本
        • 自由詩、散文詩
          5本
        • エッセイ
          26本

        記事

          【桜 三部作#2】桜流し

          娘の咲季が生まれた日、湿った雪が、咲きそろった桜の花びらを一枚一枚剥ぎ取っては、アスファルトの地面の上に貼り付けていた。季節外れに寒い日だった。 そして咲季が亡くなったのも雪まじりの雨の降る春の日だった。私は修二と警察署に行った。記憶はそこまでだ。その先は靄がかかって、今だに思い出すことができない。無理に思い出そうとすると、頭が締め付けられて気が遠くなる。そして地面が船底にいるように斜めになって、立っていられないような目眩に襲われるのだ。だから、ただ「娘がたった3年生きて死

          【桜 三部作#2】桜流し

          【桜 三部作#1】徒桜(あだざくら)

          妻の模様替えの頻度が増していた。ちょっとしたものから大掛かりなものまで。予告はない。だから、僕は夜、酔っ払って帰ると、昨日まではそこになかったタンスに脚をぶつけたりした。うちの近所はみな似たり寄ったりの建売り住宅だから、妻が寝てしまってから帰宅すると、帰る家を間違えたかと思うこともあった。 なんでそんなに模様替えをするのかと聞いた。「さあ、模様替えに理由なんてないわ。誰でも衝動的にするものでしょ」と彼女は答えた。うちの母親は滅多に模様替えなどしなかった。するとしても、何か月

          【桜 三部作#1】徒桜(あだざくら)

          【ショートショート】笑いを取りたいんです

           ある日、ドクターのところにこんな患者が訪れた。 「ドクター、私、芸人をしているんですが、この数年鳴かず飛ばずで。スズメの涙ほどの収入で暮らしているんです。妻子もあるのに、この先どうしたらいいか…」 「それはお気の毒に。しかし、それは私の専門外ですな」 「ドクター、そう言わずに。何かいい方法はないでしょうか。笑いが取れさえすればいいんです」  ドクターは思案の末、こう言った。 「お客さんの笑いが取れればいいんですね。ではお薬を処方しましょう。規定量を守って服用するように。一

          【ショートショート】笑いを取りたいんです

          【ショートショート】お次はだあれ

           ひと月前のことだった。職場の部下が交通事故で亡くなった。運転していた車が崖から落ちた。彼には結婚したばかりの奥さんがいた。なんともお気の毒としか言いようのない事故だった。そして私は葬儀に参列して、ぎょっとしたのだ。初めて会うはずの奥さんなのに…  実はその数日前、私はこんな夢を見ていた。    私の前妻がひとりの女性を連れて、玄関先に立っていた。そして前妻は「この人は寂しい思いをしてるから泊めてあげて」と言った。夢はそこで終わった。葬儀の時、喪主である、亡くなった部下の奥

          【ショートショート】お次はだあれ

          【ショートショート】新婚延長コード

           転勤の辞令が出た。新婚だし、当然妻はついてきてくれると思った。が、あっさり断られた。 「いやよ、仕事辞めたくないし。単身赴任してくれない?」 「寂しくないの?」 「大丈夫よ。〈延長コード〉もあるし、最近はみんなそうしてるわ」  妻は確かに「〈延長コード〉もあるし」と言った。まるで「ビデオ通話もあるし」とでも言うみたいに、ごく自然に。  「え?〈延長コード〉?」  「あなた、いろいろと忙しいでしょうから、私がやっておくわ」  よくわからなかったが、通信関係の新しいアプリ

          【ショートショート】新婚延長コード

          【ショートショート】恋愛診断

           僕は子どもの頃から鼻がきいた。それはもちろん、単に匂いに敏感だという以上のものだった。 「やっちゃん、昨日お父さんに怒られたでしょう?」と親友のやっちゃんに言った。「えっ、なんで知ってるの?」と驚かれた。すれ違ったときに、やっちゃんから〈昨日お父さんに怒られた臭〉がしたんだ。  こんなふうに、僕はあらゆる人の匂いからいろんな情報を得ることができた。担任の先生が、超がつく真面目くさった表情の下に、隣のクラスの先生への淡い恋心を隠していたことなんかもわかっちゃった。〈ほのか

          【ショートショート】恋愛診断

          【ショートストーリー】記憶の中のあの海を

           朝振り始めた雨が、風を伴い一層激しく降り続いていた。私はホテルのラウンジからビーチを見ていた。雨風は海面にも等しく打ちつけ、その境目がわからないほどだった。  人影が見えた気がした。目を凝らすと、悪天候の中、頭を垂れビーチをふらふらと歩く人が見えた。降り頻る雨によって地面に叩きつけられるようにその人は倒れた。私は急いでホテルを出て、助けに行った。  若い東洋人の男性だった。ホテルの従業員の助けも借りて、彼をホテル内の医務室に運んだ。ここの宿泊客であることがわかった。医師

          【ショートストーリー】記憶の中のあの海を

          【散文詩】悩みのタネをまきました

          むかしむかしむかし、悩んでいる時にできる心のしこりを、人々は悩みのタネと呼んだ。ある男が、悩みのタネを地面に撒いた。するとすくすく育って、この世ではじめての木になった。まわりの人々にも、悩みのタネを撒くように勧めたら、村中、木で溢れた。悩みが大きいほど大きな木になり、悩みが多いほどたくさんの木が生えるため、人々は競うように、何かにつけ悩むようになった。ある頃から、一儲けしようと木を切り倒しては売る者が出てきた。悩みのタネから育った木を切り倒すと、悩みのガスが出た。様々な悩みの

          【散文詩】悩みのタネをまきました

          【ショートショート】週末充実手帖

          「まだ火曜日かよ。週末まで長いなあ。今日が金曜日だったらいいのになあ〜」僕は、昼飯の蕎麦屋のカウンターでつい独り言を言った。隣にいた男が僕の方を見て、 「お疲れのようですね。あなたににこれを差し上げましょう」と言って何かを差し出した。 「手帖?ですか」 「そうです。でも、ご覧下さい、普通の手帖とは違うでしょ?」 そう言われてよく見ると、それは一見ウィークリー手帖なのだが、少し違った。見開きページの大半を土曜日と日曜日が占めており、月曜日から金曜日までの5日分は、すみっこの小さ

          【ショートショート】週末充実手帖

          【ショートショート】#ラの番人

          あっ、まただ。ラのシャープ。 夜中にフルートのような音が聞こえる。ずっと同じ音、ラのシャープが微かに響く。他の音はなく、それだけが、 「#ラー#ラララー」とか、 「#ララー#ララー#ラー」 というように異なるリズムで鳴る。止んだかと思うと、またしばらくして鳴り始める。私は気になってベッドから出て、音の出どころを探った。 寝室を出て、キッチンへ向かった。冷蔵庫、電子レンジ、食洗機…と順番に家電に耳を当ててみる。さっきより音は近づいたように思えるが、なかなか特定できない。ふと

          【ショートショート】#ラの番人

          【ショートショート】人違いメガネ

           ここに僕の愛用するメガネがある。一見普通のメガネと変わらないのだが、かけると不思議な効果を発揮する。  例えば、道を歩いている時に、向こうから話したくない相手がやって来たとする。クラスのいじめっ子から借金取りまで、人それぞれだと思うけど、そういう時にさっとこのメガネをかけるといい。相手は「あっ、人違いでした、すみません」と言っていなくなってくれる。メガネなんかでごまかせるもんか、と思うだろう。それができてしまうのだ。メガネをかけるのは僕なのだが、相手の目には全く別人に映っ

          【ショートショート】人違いメガネ

          【ショートショート】没個性トレンド

           「ご試着ですね。こちらへどうぞ」  ここはファストファッション最大手のリアル店舗。店員に案内され、店舗中央にある試着室に入る。従来、試着室というと店の奥まったところにひっそり存在したものだが、最新の試着室は店の真ん中にある、広くて明るくて、気持ちがよい。まずは大きなスクリーンの前に立つ。これで私の身長、体重、座高、胸囲、袖丈、着丈、首周り、その他のすべての身体情報が記録される。  そして試着したい服をモニター上から選んでクリックする。それだけだ。あとは、スクリーンにその服を

          【ショートショート】没個性トレンド