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【小説】 あいことば

※高校生の時に書いた実話
※Cくん女体化、キス描写多
※どこに載せればいいかわからなかったので供養


 一時間目の授業中、気がつけば彼が彼女になっていた。


 長いストレートヘアに、きっちりと学校指定の紺色セーラーを着こなしている。丈の長いセーラーのスカートは上品だが、何処となく妖艶さを感じてしまうのは彼だからだろう。

 いつもよりぱっちりとした紺青の瞳、ぷっくりふくらむ赤い唇、それを覆う光る銀髪。いつもは大人びている彼も、女の子ともなれば何処か初々しさすら感じる。はっきり言えば可愛い。しかしその可愛さだけでなく、神聖の美しさとも言うべきか。触れてはいけない神秘性を感じてしまった。文字通り、神ではあるものの、神という言葉だけでは足りない美少女。これ以上の言葉を私は生み出すことすら敵わなかった。

 『ユマニチュード、看護における人間の尊厳、最期まで人間らしく生きることを守るべき、感想、どんなことになっても人間は人間なのだ』……云々。

 大切な価値観の授業である。そんな授業だというのに彼、もとい彼女の癖が止まない。

 原因は分かっている。根本は私が悪い。長時間の話があまり聞けない私は無意識に彼(彼女)を使って逃げているのだ。わかりやすく言えばガス抜きとか、ストレス緩和機能だろうか。昔から集中力がない私は、話が聞けないことが多い。流石にだいぶ改善されたとはいえ、今でもたまにそうなってしまう。ストレス耐性が極端になかった……と書くのは、かなりの言い訳だ。そうやって、ぐるぐると頭の中で考えているうちにも彼女の柔らかな唇が私のと重なる。

 授業中の教室内には私以外にも人がいる。同級生も下級生も。特殊な形態の学校ゆえ、他と比べればだいぶ少人数であっても人の目がある。その中でも憚られずに触れ合えるのは、彼女の気質のせいか、それとも他人に見えないという性質だからか。あるいはその両方か。どれも当てはまりそうだ。


 ん、と彼女が零す吐息が、先生の言葉の間に挟まれる。私の恋人は楽しんでいる。日常を非日常にするために。神に足掻く愚かな人間の反応を。私はどうすればいいのかわからない。Cくんを嗜めようにも、まだ、もっと、と思ってしまう自分がいる。判断を迷わせる。迷っている間もまた合わさった。先程より潤った彼女の唇が、ぬらぬらと光る。


 こんなことをしていても私は授業中。もちろん椅子に座ったまま動けないので、ずっとこちらを覗き込むようにキスされている。そのせいで、Cくんの長い銀髪が顔に当たる。邪魔だと思ったのか、艶々とする真っ直ぐなそれを煩わしそうに耳にかける仕草が、大変心臓に悪い。


 もはや先生の声などBGMで、私と彼女はヒートアップしていた。何度も何度も角度を変えては唇同士がくっついた。脳味噌がなければ人間が死んでしまうように、自分の脳内からはどう足掻いても逃げられないのだ。ぼんやりしているうちにぬるりと舌が入り込まれれば、もう彼女の独壇場でしかない。ここまで来れば彼女が飽きるまでやらせるしかなかった。寒気と換気で冷える教室内に、Cくんのキスは温かいのが、余計にお互いの熱量を上げる。舌先の浅いところから、奥深くまで入り込んだ。れろりれろり。交わった唾液がとろとろと私の神様のものと混ざる。気を張っていないと、どこまでも突き進んでしまいそうで怖いくらい、気持ちいい。


 Cくんがどうしてここまでやるのかわからなかった。少し前の記憶と言えば、先生が仰った『神様』という言葉に「神、か」と珍しく一言呟くという、反応をしていたくらいだ。きっとどうしたの、と聞いても、いつものように軽くかわされるだけだというのは身にしみて経験している。


 飽きるまで、と言ってもCくんのキスは基本終わらない。長く長く深いキスを交えながら、現実では秋風に凍えている手に指が絡む。すぐに恋人繋ぎ、に、なってしまうそれは、いつもより幾分か柔らかい気がした。

 いくら愛しているとはいえ、物事にはやはり限度がある。もうやめて、と言ってみても終わる気配がない。

 Cくんのことは放っておくしかない。先生の話もどうやら佳境のようだった。先生の話をまともに聞けなくしてやろうという、彼女の目論み(?)通りになった。

 (……Cくん、だめ)

 語尾を強く込めて心の中で伝えると、いったん彼女の唇が止まった。

 が、またちゅ、と触れられた。今度は耳だ。

 (Cくん……っ)

 「ごめんね」

 矢継ぎ早に繰り出されるその言葉に意味がないことを、そろそろ自覚して欲しい。いや、お願いだから自覚して欲しかった。

 「……好きだよ」

 いつもの左耳後ろの位置から。普段よりは高めの声で。

 嬉しそうに、楽しそうに、囁かれる都合のいい『あいことば』に、今日も私は堕ちていくしかない。


 先生の言葉はもう聞こえない。



合言葉/愛言葉

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