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書き認めないと消えていく記憶

社会人になって、しばらくすると、私は私が考えていることが分からなくなった。

別に記憶喪失とかではない。

ただ、記憶がどこにもなくなるのだ。


学生の頃は、毎日のスケジュールを自分で管理していた。学校の授業を選択して、課題の予定を入れて、バイトのシフトを登録して、夜は飲み遊んでた。

だから、スケジュール帳にはいつも違う予定が書いてあった。


でも、社会人になって、私は基本的に家と会社の往復だけになった。手帳に書き込むのは7時から19時までの「会社」とその他の約束。

スケジュール帳が要らなくなった。

事務職だった私は、会社で請求書の処理をして、営業成績をExcelに打ち込んで、書類を隣の部署にまわして、そして帰宅する。

たまらなく退屈だった。毎日同じ。


そのうちに気づいた。私が先週、何考えていたか思い出せないことに。だから、突然怖くなった。

いろいろと調べたり考えたりして、私は1日1ページの手帳を買った。月間でもなく、週間でもなくて、1日1ページ。好きなだけ、好きな時に、その時思ったことを綴るための手帳。

それからは、何をしたのか、何を考えたのか、何を嬉しいと、悲しいと、くやしいと感じたのか書き認めることにした。その日その日で気分で書く自由帳のような手帳が私の相棒になった。

それが私の手帳の始まりだった。


そこから、私の手帳はスケジュール管理じゃなくなった。1日を振り返る日記帳のようでもあるし、TODOLISTでもあるし、ちょっとしたメモもある。

未来のことも書いている。これからどうしたいのか、誰とどう過ごしたいのか、なにを目標にしたいのか、誰に会いたいのか。

観たい映画、貯金がいくらあるか、読んだ本、会社でのぐち、自分のいやなところ、私が好きなもの。書き上げたらキリがないような雑多なことたちが、その日のページだったり、2日か3日ずれて書いてあったりする。

もちろん毎日なんて書いてないけど、書いたり、貼ったり、描いてみたり。


そんな風に書き続けてみて5年。

書き綴ることで、少しだけ自分を、それは自分の一部かもしれないけれど、その文字を読めばそのころ何を考えて生きていたのか、

ぼんやりとだけど軌跡を残しておくことができるようになった。


だから、私は手帳を未だに続けている。

私は弱いから、あの時決断した私とまた話したくなるんだよね。

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