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 無私

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言葉と親和する。 自我に訴える表現を避け、淡い言葉を集めました。
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記事一覧

一つの花に

一つの花に蝶と蜘蛛
小蜘蛛は花を守り顔
小蝶は花に酔ひ顔に
舞へども〳〵すべぞなき

花は小蜘蛛のためならば
小蝶の舞をいかにせむ
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ

やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
羽翼も軽き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ

|島崎藤村

二人して

二人してさす一張の
傘に姿をつゝむとも
情の雨のふりしきり
かわく間もなきたもとかな

顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
梅花の油黒髪の
乱れて匂ふ傘のうち

|島崎藤村

朝羽うちふる鷲鷹の
明闇天をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽に声あり力あり

|島崎藤村

庭に

庭にかくるゝ小狐の
人なきときに夜いでて
秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ

恋は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる吾心

|島崎藤村

大根

大根が身を乗り出してうまさうな肩から胸までを土の上に晒す

|奥村晃作

折られなかった

折られなかった頁の紙束をみつめて
ほんとうに?
のがしていないだろうか捕えるべきだったろうに

|くにしげ

くるま

くるまを運転する赤坊
ぶーん
エアーのハンドルをにぎり
マンマに進行方向を指示する

|くにしげ

びっしりと

びっしりと少女の爪をはりつけているような鯛ギラリ魚屋

|俵万智

一山

一山で百円也のトマトたち
つまらなそうに並ぶ店先

|俵万智

青春と

青春という字を書いて
横線の多いことのみなぜか気になる

|俵万智

王朝の

王朝の装束で舞う中国の少女
無風の真夏のように

|俵万智

食卓の

食卓のビールぐらりと傾いて
ああそういえば東シナ海

|俵万智

濃紺の

濃紺の東シナ海沖に来て
ただ空であるただ波である

|俵万智

待つことの

待つことの
始まり示す色をして
今日も直立不動のポスト

|俵万智