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短編小説「オドループ」

趣味をつくりたい。高校の図書委員会で知り合った同級生。彼曰く日本刀が好きだという。貸し出しの仕事で一緒になる時も、図書室にある日本刀の新書を手に取り読み耽っていた。なんだか大人びていて、とてもかっこよかった。私には時間を忘れて没頭できる趣味、みたいなものが何もない。そう気づいた瞬間が、私と落語をめぐり合わせるファーストステップであった。

人に紹介できる方がいい。これが好きだ!って言い張りたい。読書とか映画が好きですってのもパンチ弱いなぁ。スマホを片手にネット記事「タイプ別趣味一覧」を読みながら直感で吟味していく。図書委員に入るぐらいだから本が好きなのかと思うかもしれないけど、実際のところそこまで。アウトドア派ではあると思う。かといって「キャンプ」は重いわな。機材とか大変そうだし。上から順にスクロールしていくと、とある単語が琴線にかかった。「落語」

「ゆかりちゃんって、休日は何してんの?」
「落語とか、見にいきます。」かっけぇぇえ!言いてえよ、落語好きですって。しかも落語を見に行った帰りにどっかの商店街で食べ歩きとかできたらマセ女子になれるじゃん!これだ。丁度いい塩梅のアウトドア。早速だが来週の休日にでも予約して見に行ってみようか。別のタブで寄席のチケット予約フォームを開く。「立川志らく独演会」「林家たい平独演会」会場ではなく人で選んで予約するのか。よくわからんなー。昼下がりの日曜日にだらだらと流し見した「笑点」聞き馴染みのある落語家の名前も幾つか並んでいる。

_ん?

古風な名前がづらりと並ぶスマホの画面。異様なカタカナ5文字。「オドループ独演会」って何?急に横文字?あの音楽バンドの?TikTokで流行ってたから知ってるけど。異国の地でばったり知人と会ってしまったような、驚きと一抹の安心感を覚えた。周りの落語家が重厚な和服を羽織っている中、ひとり「オドループ」はラフなTシャツ姿でギターを掻き鳴らし静止していた。そもそもオドループって人名じゃなくね?戸惑いつつある私の片隅には下心からかある妙案が浮かんでいた。頬が緩み、微笑が浮かぶ。初めての落語はここにしよう。

「ゆかりちゃんって、休日は何してんの?」
「落語とか、見にいきます。」
「えー!すごいね!最近何見たの?」
「オドループって落語を見にいきました」
「オドループ?あの音楽バンドの?」
「そうです!寄席の予約しようとしたらたまたま見つけて〜、」

会話が弾むぅ!!3学期も終わりに差し掛かる。高校生にとってクラス替えは一大イベント。隣の人、担任の先生、挨拶を交わす友人!はいないけど、とにかく関わる人間がガラリと変わってしまう。良好な関係を気づくには第一印象が大切だという。ゆかりという人間が何を好んで生きてきたのか、どんな人間なのか、同じ制服を着てる以上見た目的な特徴で覚えてもらうのは難しい。しかし!ゆかり=落語好き、ゆかり=落語好きを定着できれば!話しかけてくれる人も出てくるのではないかッあ!!


_やべえ、勢いで予約しちまったよ。てか今日はもう疲れた。いろいろ調べすぎて脳がパンクしそう。会場の行き方とかは、明日考えよ。スマホの電源を切り部屋の電気を落として眠りにつく。全てを吸い込んでいきそうな漆黒のスマホ画面がクローズアップされ、静寂が流れる。

1週間が経ち日曜日。ついに来た。電車を乗り継いで難なく会場前まで辿り着けた。チケットを予約した後日、あのバンドが落語でオドループをやるという情報をネットで調べてみたが、それらしきサイトや記事はひとつも見つけられなかった。20代くらいの若々しい女性がミドルシニアの男性を連れてそそくさと入場していく。私も彼らについて会場の中へと進む。席についた。周りをおそるおそる見渡す。若者と呼べるお客さんは私とあの彼女らの2組だけであることに気づく。客層は70代ほどのおじおばだ。独演会であるのだから、この会場に入る客は皆オドループ目当てに来ているということになる。一体何が起こっているんだ。落語界隈で空前絶後のJ-POPブームが来ているとでも言うのか。これから起ころうとする演劇に期待を馳せながら固唾を飲んだ。

あたりがゆるりと暗くなった。暗闇に包まれ静寂が流れる。舞台真上のライトが灯った。奥の壁面には襖がかけられていて、その手前にはマイクと座布団が敷かれている。にわかに曲が流れ始める。あの「オドループ」だ。(読者の皆様は音楽をおかけくださいまし)刹那、隣のおじ様が目を輝かせ「おお、」と感嘆の息を漏らす。あたりからは盛大な拍手が湧き起こりその途端、パーマ髮でシャツの恰好をした青年が登場した。彼が座布団に正座すると拍手は鳴り止んだ。これから何かを語る合図、息を吸い込む彼の音がマイクに取り込まれた。

おとこ、名前を夜と言ったそうで毎晩公園で踊りを踊ったと。通る者なぞ気に留めず毎晩無言で踊り続けたと。彼に魅了された女がひとり。無言で踊る彼のまん前に無言で座り続けたんだって。でもね痺れ切らして男に聞いちゃったの「何を踊っていらしゃるの」途端に男は踊りを止めて闇の奥に消えちゃったんだって。それから翌晩翌々晩と彼は姿を表さなかった。もの寂しさから彼の代わりに女が踊り始めたんだ。

「踊ってない夜を知らない_おもむろに立ち上がり踊り出す。
踊ってない夜が気に入らない_おいおい歌い出したぞ。
踊ってない夜を知らない_片手マイクで歌い踊り!
踊ってない夜が気に入らないよ
気に入らない夜なんてもう僕は知らない
踊ってない夜がない夜なんて
とってもとっても退屈です。」
青年は踊りを止め再び正座する。

また現れる夜に思いを馳せ3日4日いつかと踊り待ち侘びた。通る者なぞ気に留めず毎晩無言で踊り続けた。とある晩におじいさんがやってきた。いつの日の女の如くまん前に座った。女が踊り始めるとついちょっとしておじいさんが決まって来ると言う。来る日も来る日もおじいさんは女の前に座り続けた。先に痺れを切らしたのは女だった。「あのう、一緒に踊りはしませんか?」途端におじいさんは立ち上がり闇の奥に消えてしまった。仕方のない女は変わらず踊り続けたという。

「踊ってない夜を知らない_再度立ち上がる
踊ってない夜が気に入らない_まただ
踊ってない夜を知らない_片手マイク歌い踊り!
踊ってない夜が気に入らないよ
気に入らない夜なんてもう僕は知らない
踊ってない夜がない夜なんて
とってもとっても退屈です。」

女はめげずに踊ります。通る者なぞ気に留めず毎晩無言で踊ります。とある晩におばあさんがやってきた。おばあさんは女のまん前に座ります。一度断られたたち、されど孤独はなお辛い。「一緒に踊りはしませんか。」おばあさんは闇の奥へと去りました。また明くる晩の日おじいさんが女の前に座りました「一緒に踊りはしませんか」去っていった。新たなおじいさんが座った「一緒に踊りはしませんか」去った。おばあさんが来た。「一緒に踊りませんか」去った。来た。誘った。去りました。毎晩毎晩踊り続けた女。気づけば夜との出会いから一年が経過しておりました。さあて彼らは一体全体どこへ去ってしまったのか。朝方の公園へ立ち寄りました。思えば公園を訪れるのは決まって夜でした。そこに広がる光景に女は目を見張りました。朝のラジオ体操の如く一糸乱れぬリズムで踊っているではありませんか。__鳥肌が立った。落語に集中してて気づけなかったが、周囲のおじおばが全員腰をうかしている。立ち上がっちゃってる。70代おじおばがノリにのって腰でリズムを刻んでる。

踊ってたい夜を知りたい_踊ってる
踊ってたい夜を気に入りたい_一糸乱れぬリズムで
踊ってない夜を知りたい
踊ってない夜が気に入らないよ
気に入らない夜なんてもう僕は知らない
踊ってない夜に泣いてるなんて
とってもとっても退屈です
踊ってたい夜が大切なんです
とってもとってもとっても大切です

割れるような拍手を送るおじおばたち。スタンディングオベーションてやつだ。壇上の青年は息を整え、丁寧に座礼をした。理解が追いつかない。とてつもなく大きなものに迷い込んでしまったことだけはわかる。拍手の音に負けぬ力強い鼓動が高鳴ってゆく。かろうじて得ることのできた落語の情報を断片的に繋ぎ合わせて出る答えは。一糸乱れぬリズムで熟練した動きを繰り返すおじおばたち。入り口で見かけた20代の女性もこの輪に入り仲間と化していた。私はひとり、呆然と見上げることしかできなかった。

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