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アイザック・ヴァレンティン 『Amateur Japanese Edition』 ライナーノーツ全文

11月25日、カナダのシンガーソングライター/デザイナー、Isaac Vallentinの2ndアルバム 『Amateur』の日本盤リイシューがMIDI Creativeより発売された。アイザックと台湾で出会って以来、交流を深めてきたという関俊行氏によるライナーノーツを公開する。


アイザック・ヴァレンティンはカナダ出身、現在はモントリオールを拠点に活動するミュージシャン/プロデューサー/デザイナー。低く、スモーキーで少しうわずった特徴のある歌声、そして洗練されたソングライティング――詩情豊かなシンガー・ソングライターを数多く生み出してきたカナダのシーンの系譜にしっかりと連なる、芯のある音楽を生み出している。

フォークを基本としつつも、管弦楽やバンド編成を取り入れた聴きごたえのある内容となっており、エレクトロニカやギターポップ、エクスペリメンタルといった多彩な音楽性も覗かせる。細部までこだわり抜かれたサウンドメイクは、デザイナーとしてのキャリアも歩む彼の職人的気質の表れなのかもしれない。アイザックは相方のパスカル・ヒュオット(Pascal Huot)とともにデザインスタジオ、Huot & Vallentinを立ち上げ、ナイキやディズニーといったさまざまなブランドやアーティストのクリエイティブに携わっており、東京TDCでの受賞歴もあるようだ。

本作は2018年にリリースされた2ndアルバムの日本盤となっているが、未発表曲の追加のみならず、ミキシング/マスタリング、そして曲順までもがオリジナルと異なるという点において、だいぶ慣例にとらわれない形のリイシューとなっている。というのも、アイザックによると今回の日本盤こそが本来のミックスなのだという。自らミックスを施していたところ、理想の音を追求するあまり精神的に参ってしまい、結局のところ別のエンジニアに委ね、リリースされたのがオリジナルの『Amateur』だったのだ。

その後、日本盤のリリースが決まり、ボーナストラックとして使えそうな素材を探していたところ、古いハードディスクドライブに自らミックスを施した当初のバージョンの楽曲データが見つかり、改めて聴いてみると自分でも素晴らしいと思える出来だったため、日本盤としてのリリースが決定したのだ。

ここでアイザックがミュージシャンとして辿ってきた道のりについて触れようと思う。15歳からバー等での演奏を始め、高校生の頃はいくつかのバンドにも参加していたという。その後、オタワへと移り、より定期的に演奏するようになり、カナダ中をツアーして回る日々を送る。

音楽の嗜好性も幅広く、両親の影響でフォークやロック、ブルースなどを聴いて育ち、その後、インターネットとの出会いを機に、ジャズやドラムンベース、さらにはインドやパキスタン、バルカン半島の伝統音楽、アフリカの音楽など、さまざまな音楽を聴くようになったという。故に彼は音楽家としても好奇心に溢れ、インストゥルメンタルからエレクトロニック、アコースティック、実験音楽までさまざまなタイプの音楽を作ってきている。このような豊かな音楽的バックグランドは本作でも感じ取れるはずだ。

アイザックの日本との関係も興味深い。台湾でアニメーターとして働いていたという叔父の影響で、宮崎駿や今敏、庵野秀明といった日本のアニメーターたちの作品に魅了され、そこから黒澤明や小津安二郎といった日本の映画監督のファンにもなったという。

その後、アイザックはデザイナーとしてのキャリアを積んでいく中で日本のデザインや建築についても学ぶようになる。原研哉の書籍を読み漁り、福田繁雄や田中一光、横尾忠則といったグラフィックデザイナーを敬愛し、亀倉雄策に至っては「彼が1964年の東京オリンピックのためにデザインしたシンボルマークは、僕にとってはオリンピック史上最高」と語っている。

これほどまでに日本文化に魅了されるその理由についてアイザックに尋ねたところ、「日本の文化は歴史が深く、濃密で、近代欧米諸国を起点とする利便性や利益の追求といった考え方とは違った価値観を提示していて、それらはこれからの世界においてもっと必要になってくるはず」という答えが返ってきた。

日本に住んでいる僕からしてみると、美化されているところも多々あるように感じたが、アイザックはまだ日本に来たことがないというので、仕方がないことなのかもしれない。むしろ、アイザックのような、20代の若きカナダ人ミュージシャンを幻滅させるようなことがないよう、日本人としてしっかりせねば……と襟を正すような気持ちにもなった。

僕がアイザックと初めて会ったのが台湾だというのも感慨深い。去年の11月、台湾に到着したその日の夜に、台北で友人が主宰するライブに顔を出したところ、その演者がアイザックだったのだ。ライブ終了後に挨拶をし、父の仕事の関係で幼少期をカナダで過ごしたことや、レナード・コーエンやジョニ・ミッチェルといったカナダ出身のフォークレジェンドたちの話で盛り上がり、すっかり打ち解けたところで台湾での旅程について聞くと、「台南で開催されるLUC festにも出演する」というので驚いた。僕もLUC festには関係者として参加することになっていたのだ。

僕らは台南で落ち合い、フェスの関係者やミュージシャンなども交えて連日楽しく過ごした。フェスを終えた次の日、帰国のため一足早く台北に戻ることとなったアイザックを「最後にサクッと昼メシでも」と、観光客が行くことのないようなローカルな麺屋に連れていったところ、とても乗り気で、出てきたワンタン麺を美味しそうに平らげていたのが印象的だった。

その後も僕たちは文通のような形でメールのやりとりを続けていた。コロナ禍によって世界中が混乱のピークに達していた最中も互いに近況報告をし、コロナへの自国の対応の仕方やBLM運動といったトピックについて語り合った。「ステイホーム期間は日本の料理に挑戦して、オムライスや年越し蕎麦を作っていた」という話には驚かされたし、踏んだり蹴ったりの2020年を早く終えたい一心からなのか、年越し蕎麦という気の早いチョイスには笑わされた。

「いつか日本を訪れ、ライブがしたい」と言う彼にとって、『Amateur Japanese Edition』はその布石となるリリースであり、込められた想いもひとしおだ。少しでも多くの日本人に聴かれ、アイザックのライブをみてみたいと思う人が増えることを切に願う。

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