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一橋学園


 今年の7~8月はほとんど家で仕事をしている。ライヴもレッスンも少なく、まとまった制作作業の為に1日6~8時間、時にそれ以上を費やし、部屋に篭っている。しかしだ、こう暑いとかなり捗らない。自宅作業部屋はほぼ南向きで風通しは良いのだが、今夏は暑さの中の適度に涼しい風は無く、9時過ぎに冷房を入れ、部屋が過ごしやすい温度になる午前中遅い時間からようやく作業を開始するという日々となった。最初のうちは作曲作業だったので、ギターもしくは時折ピアノに向かいつつ音符を書いていたのであるが、デモ音源を送付しOKをもらうと、随時本録音を開始していく。となると、場合によっては機材もフル稼働となり、その放熱で部屋の温度はまた上がる。デスクトップコンピュータも何回かフリーズし、PCIeの不具合も時折みられた。それでもなんとか代替えのノートブックも使い、録音は進めていく。トラックはそんなに多くはないが、やはり幾つかのプラグインは必要と思われるので、デスクトップの不具合も探っていく。電源ユニットは半年ほど前に直したのだが、今度は電源が入らなくなる。う~む、焦る。全く落ち着いて仕事が出来ないでは無いか。しかしこのままでは先が思い遣られるので冷静に考えてみる。今までは無かったPCIeの不具合をいろいろ検索してみると、ライザーカードの故障ということにたどり着く。早速、アマゾンでレヴューから信頼性の高そうなものを即購入。お急ぎ便はまず使わないのだが、今回は仕方がない、とはいえ送料無料だが。翌日予定通り注文の品が届き、パーツ交換をする。PowerMac時代から使っているPCIカードをPCIeに変換するアダプターのようなものだ。不具合箇所の想定は思った通りで、正常化。そしてこの一週間くらいの遅れを取り戻そうと、少しは頑張ったのだが、駄目だ、この気温では捗らない。気を取り直して、ペースを整えることにした。

 捗らないもう一つの原因はおそらく食欲が減退したことだろう。私は通常では朝はそれなりの食事をし、昼は摂らないことも少なくはないのだが、暑さゆえの目覚めなので、朝食は少食となり、作業を始めて2時間くらいすると空腹を感じる。が、どういうものが食べたいのかわからず、結局冷たい麺類ばかりとなってしまう。もりそばの類はまあ一年中食べてはいるが、そうめんやうどんやラーメンの冷たい麺の消費が多いのはこの夏が初めてのことだ。
 だが、7月の暑い最中、これではいかん、と思い立つ。デスクトップが不調だったこともあって、昼過ぎのまだ太陽が頭の真上の時間に、焼餃子とビールならば食欲も湧くだろうと、中華屋に出かけることにした。

 私が住む西武線沿線には「ぎょうざの満洲」というなかなかに美味いチェーン店があるのだが、やはり町の店が良い。妻に聞いてみたところ、最寄りのHは定休日とのこと。あと思いついたWが現在高齢の大将が療養中で休業中。となれば、数駅先の「万味」だな、と一橋学園まで足を伸ばす。

 一橋学園駅の北口を降り、学園坂通りを北に行く。その商店街を入りすぐ右入ったところに学園坂スタジオがあるが、ここは芝居関係の録音では何度かお世話になっている。目当ての「万味」は商店街をまっすぐ進みちょっと右に入ったところにある町の中華屋だ。徒歩5分もかからないが、炎天下は少しだけ覚悟して歩く。カウンターのみで10席あるかないかの広さで、きれいに整頓されているが、そこはかとなく漂う店内のバラック感が妙に落ち着きを与えてくれる。今でも高齢の店主らしき人物は見かけるが、ここ最近厨房で鍋を振っているのは、娘さんなのか、お嫁さんなのか、私よりは若いお姉さんである。
 野菜の甘さで口の中で無くなってしまう餃子はやはり絶品で、もう一皿と言いたいところだが、やはりそこまでの食欲は得られず、またビールはこの1本目より美味く感じることは無いだろう、とその後二人でチャーハンを分けあって食べる。我々より後に入ってきた年配の男性が餃子、ビール、もやしそば、というのを一人で注文していて、それくらい食えるようになりたいものだ、と退店した。
 普段なら腹ごなし兼ねて散歩でもしたいところだが、この日差しの中、到底そんな気にはなれず、帰宅。ちなみに線路沿い西側に南北に走る道路は国分寺方面にはいつも使っている道で賑やかに店が軒を連ねる。かつては夜遅い時間まで南口近くに立ち喰いそば屋があり、割と利用していたのだが、数年前に閉店してしまった。先月の小川駅同様に町の立ち喰いが減ってきているのは寂しい限りだ。ちなみにその南側へ少し行くと、右に三角形のロータリーがある。ここがかつての一橋学園駅の駅前。昭和40年代に現在の位置に駅は移転したのだが、ロータリーの植え込みだけはかつての面影を残している。

 その日はもう作業するつもりはなかったのだが、なんとなく気になるところもあり、だらだらと仕事モードにもなる。たった1小節のエンディングのフレーズを作るだけに終わったが、それでも夕食に向けなんとなく空腹は感じるようになってくるのだ。しかし何度も書いているが、どんなものが食べたいのか、また食べられるのか、わからない。やがてふと冷奴が頭に浮かび、それなら、と豆腐屋まで足を延ばす。木村豆腐店、ここの木綿は美味い。一丁買えば二人で2日間楽しめる。

 日が暮れる前に、もうひと作業する。今度はギターアンプの電源を入れる。自宅ではギターアンプにマイキングして録音することはあまり無いのだが、今回は何曲かでその必要性を感じ、準備する。しかしアンプ2台とリヴァーブボックスの真空管の放熱はこの部屋の状況ではかなり酷だ。本テイク録りの時はクーラーはオフにしなければならないし、もちろんアコースティック楽器はマイク録音なので、ちょっと考えてみた。というのも、ドイツ製の電源要らずのスプリッターが使えるかもしれないと思ったからだ。

 LEHLE P-SPLIT。なかなか日本では見かけることがなかったのだが、3年ほど前に中古で見つけ即購入した。エレキギターのハイインピーダンス信号をそのままに2系統に分けるだけのもので、音の劣化がほぼ無く、しかも電源要らず。ギターアンプ2台を同時に鳴らすことが出来るが、その使い方よりもダイレクト音とリヴァーブ音のセパレートに使うことが多い。フェンダーリヴァーブボックスはリヴァーブ音だけも出せるように改造したので、たとえばダイレクト音はテスコのギターアンプでドライで出力して、もう一つはこのリヴァーブボックスでギター原音をカットし、残響のみを他のアンプで鳴らすということだ。ライヴで使うことはほとんど無いが、やはりエレキギターにはスプリングリヴァーブが似合う。コンピュータのプラグインも悪くはないが、実機の存在感はやはり格別である。さて、そのP-SPLITのマニュアルをネット上で探し出し、読んでみる。思った通りだ。内臓のトランスはHi-Zトランスフォーマーで、インプットはローインピーダンスでもハイで出力できるのだ。しかも入力はバランス、アンバランス両方に対応しており、そのどちらでも出力はアンバランスというエレキギター仕様でなんとも好都合。早速、手持ちのパーツでXLR-TRSのバランスケーブルを作ることにして、ハンダ付けの作業に入る。ハンダはダッチボーイのヴィンテージもの。これはかなり良い、しかもまだ一生分くらいある。

 オーディオインターフェイスからライン録音のエレキギターの音を出力し、P-SPLITに入力、そしてトランスを通過した信号を普通のギターケーブルでアンプに繋ぎ、音を出す。予想以上に普通にギターアンプの音でホッとする。要するにリアンプということだ。だからクーラーも切らずヘッドフォンも無しで、普通にスピーカーでモニターしラインでエレキギターを録音。そしてその録音されたエレキギターの信号を改めてアンプから出力し再度録音、この時だけクーラーを切ればよい。ああ、これは楽だ。自宅での一人作業にはもう欠かせないものになるだろう。

 思わずハンダ付けにまで及んだ日だったが、まあ真夏のとある1日の日記だ。そしてこれを書いている今、今回の映画音楽制作は監督からの連絡待ちで、ただ一曲の編集を残すのみでほぼ終了する。すかさず次の仕事に取り掛かるわけだが、そろそろ10月以降のスケジュールもはっきりしてきた。今年の冬は忙しくなるので、やはり体力が必要だな。

 ほとんど宣伝をしていないので、こちらで告知を。
 個人のBandcampを始めました。ライヴ会場では販売しているものですが、ひとまず2作品あります。試聴も出来ますので、覗いてみてください。

桜井芳樹(さくらい・よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki




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