小澤實『瓦礫抄』

ふらんす堂のホームページで連載していた「俳句日記」に加筆修正したものです。俳句には興味があるけれど、普通の句集は手を出しづらいという方は、本書や小澤先生の『芭蕉の風景』のように、日記や紀行文に俳句が入っている方が読みやすいかもしれません。
小澤實先生の『瓦礫抄』は「俳句日記2012」とあるとおり、2011年12月1日から翌年11月30日までの生活が記録されています。時期的に東日本大震災の影響は多分にありますが、基本的には関東圏で普通に生活していて、自分が見聞きして感じたことを書いているところが良いと思いました。
商業出版であることを考えれば東日本大震災から五年目とか十年目の三月初めに出した方が売れそうですし、連載時期を考えれば十分可能だったと思うのですが、そういう気持ち悪いことをしないで昨年末に出したところも清潔で良いと思いました。小澤實先生『瓦礫抄』から好きな句をいくつか紹介します。

自在鉤の鯉にも艶や春待てる   小澤實『瓦礫抄』
自在鉤は天井から囲炉裏にぶら下がっていて、魚の形の横木がついているアレです。長年の煙や熱や油分で、木彫りの鯉が黒光りしているのでしょうけれど、そこに待春への希望を感じているのだと読みました。

かんばせの失せたまひける踏絵かな   小澤實『瓦礫抄』
隠れキリシタンを見つけるため春に行われていた踏絵ですが、長年に渡って踏まれ続けたため彫られた顔の部分が摩耗したのでしょう。日記には津波で亡くなった小熊座の俳人大盛知子さんについて書いています。

焼白子噛みきれば噴き出せるもの   小澤實『瓦礫抄』
白子は魚の精巣部分。本来、次世代に子孫を残すための生殖器を食べています。「噴き出せる」という生命力あふれる表現により、噛みきるという行為の加害性がより際立つように感じました。

春の星拳ふたつをひらきえず   小澤實『瓦礫抄』
2012年3月11日の俳句日記の俳句。「ひらきえず」で万感を表現したところに惹かれました。日記の「人間は心細くささやかな存在にすぎない」の一文も謙虚で清潔感があると思います。

雑居ビルすべて金貸春の虹   小澤實『瓦礫抄』
消費者金融の事務所ばかり入っている雑居ビルは、大概、古くて薄汚れていて見るからに胡散臭そうに見えます。しかし「春の虹」とあわせたことで、この雑居ビルに人間の営みの力強さが見えるように感じました。

頭はバッグの上足は靴の上三尺寝   小澤實『瓦礫抄』 頭=ず 上=え
外回り中の営業とか、何かの仕事の合間での三尺寝を想像しました。バッグと靴の上でも寝るたくましさを好意的に見ているところが好きです。

「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」LPジャケット紙魚舐むる   小澤實『瓦礫抄』
ビートルズ「サージェント〜」といえばサイケな極彩色のジャケットが有名です。「紙魚」で若い頃に買ったものだと推測されます。

段ボールにつくる迷路や学園祭   小澤實『瓦礫抄』
全寮制中高一貫の男子校である海陽学園の学園祭で吟行した日の句です。いかにも段ボールで巨大迷路というのが、生き生きと楽しそうな学生の姿が浮かんでくるようで楽しい句だと思いました。

湖に造られ湖を出ぬ船暮の秋   小澤實『瓦礫抄』
ルビはありませんが「湖=うみ」でしょうね。造船から廃船まで湖から出ることのない船という哀感と「暮の秋」という冬目前の寒さや寂しさがあっていると思いました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?