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22歳 花柄のワンピース

ワンピースって、つまらない。

ファッションの醍醐味は重ね着だと信じて疑わない私にとって、1枚でコーディネートが完成してしまうワンピースは、味気がないなあと感じてしまうのだ。

つまらない、と思いながらも、なんやかんやワンピースに惹かれるのは、「デート服」といったイメージが強く、着るだけで、女の子らしさを満喫できるからであり、結局クローゼットに、ワンピースはざっと数えて7、8着、その中でも花柄のワンピースは3着ほどある。つまらない、など文句を申す人間にはあるまじき実態。

花柄のワンピースの中でも、それは確実に、手持ちの服の中でも、おしとやかで、女性らしい。長袖で首は詰まっており、茶色にピンクや黄色の小さな花が散りばめられている。シフォン素材で、歩くたびにふわっとなびく、まさに1枚で決まるアイテムだ。悪く言うと、「つまらない」。つまらないけど、一目惚れした。


22歳の春、彼と初めて会った時も、そのワンピースを着ていた。

彼とはマッチングアプリで知り合った。当時の私は、本気で誰かと付き合いたい、結婚したい、というより、寂しさを紛らわす手段としてアプリを使っていた。彼氏がいれば、理想の自分になれるとも考えていた。(あれから数年経った今、「理想の人物像になるには、自分自身が変わるしかない」という当たり前のことに気づいたのだが)

マッチングアプリのプロフィール欄に書く内容なんて、パターン化している。「〇〇に引っ越したばかりなので、一緒に遊んでくれる人探してます」「友達の紹介で始めました」「気軽に会える人募集中です」などなど。その中から、プロフィール画像を見て、この人かっこいいなあとかおしゃれだなあとか、そんな直感で画面をスワイプする。正直、そんな簡潔なプロフィールで、相手のことを知ろうとするのには無理がある。だから、「直感で」いいねを押すしかない。この時も、直感だった。マレーシアとか、タイとか、その辺りの国での旅行写真。そして、私と同い年だった。よくあるプロフィールで、特別目立つこともない。しかし、直感に加えて、印象的だったのが、「周りから、優しいとよく言われます」という紹介文だった。これで、実際の彼が、意地が悪く、冷酷だった場合、期待した分、マイナスの印象しかないため、この人は本当に優しいんだ、と思った。

 マッチした場合、1、2週間かけてメッセージのやり取りをし、実際会うパターンや、会う前に電話で話すパターンなどあるが、私たちは違った。彼が「暇なんでいつでも誘ってください」と言うメッセージが届き、「じゃあ、明日はどうですか?」と、私が返したのだ。午後9時頃のことだった。彼は県南に研修で来ているため、なるべく近い方がいいか、と言うことで花巻駅待ち合わせになった。花巻駅なんて、数えるくらいしか利用したことない。

4月に突入したばかりで、まだ肌寒い日が続いていた頃だった。盛岡駅から東北本線に乗り継ぎ、花巻駅へと向かう。

 待ち合わせの直前ほど、緊張が押し寄せるものはない。初めて会う相手ほど、なおさら。楽しみとやっぱり帰りたいなあの間を揺れ動き、東北本線に揺られながら、そうこうしている内に、花巻駅に着いてしまった。花巻駅の改札を出て、もう少しで到着する、盛岡方面下り列車を待つ。部活終わりの高校生、腰の曲がったおじいちゃん、おばあちゃん、様々な人達が行き交う。みんなはこれから、誰かを待つのかな。誰かを待つときの緊張感を、ここにいるみんなと分かち合いたいが、花巻駅で、マッチングアプリで知り合った人と待ち合わせをしている人は、この中に私しかいないんだろうな。

 私の格好、これでよかったのかと急に不安になる。例の花柄ワンピースに、札幌旅行をした際に購入した、古着屋さんのデニムジャケット。襟がコーデュロイで、お尻が隠れるくらい長い丈。足元は白のオールスターのハイカット。無難にカーディガンにバレエシューズとかの方が、よかっただろうか。心配になりつつ、当時の私の中でしっくりきていた格好のひとつでもあった。甘いワンピースを、甘く着ない反抗心は、面倒くさい私の性格を表している。

 下り列車が停車したアナウンスが流れた。ぞろぞろと降りる人々を眺め、それより遅れて、改札を通る男の人は、私の方に向かって歩いており、軽く会釈をした。彼は、茶色の無地のスタジャンに、黒のパンツ姿で、写真で見るよりすらっとしているように感じた。


 どうも、とか、そんなよそよそしい挨拶をして、花巻駅から徒歩5分ほどにあるカフェへ向かった。アプリであまりやり取りをしていなかったため、お互いのことをよく知らない。隣を歩く彼に、「背高いですね」と私が言うと「そんなことないっす」と敬語で返事をされた。

 訪れたカフェは、明るい照明に大きな窓が特徴的で、若い女の子のグループ客がいくつかあった。木目調のテーブル、カウンターのナチュラルな雰囲気と、天井の剥き出しの配管の無機質な感じが、今時な内装だ。

 テーブル席に案内された私たちは、まだお互いに緊張感があった。

「服の雰囲気、似てるね」

 茶系である、っていうくらいしか、共通点がない私たちの格好だが、思いつきで、言ってみる。

「なんか、慣れてるって感じ」

 彼は言った。

 慣れてるわけなかった。確かに、私は彼に会うまで、6、7人くらいの男性とアプリで知り合い、会ってきた。しかし、会ってただけである。6、7人とお付き合いしてきたわけではないし、男性に会えば会うほど、自分はいつになったら彼氏ができるんだ、と途方に暮れていた。慣れてるわけない。今だったら、おいでやす小田っぽく「なわけあるかい!」と大声で叫んでいただろう。

 ローストビーフ丼とか、パスタとか、豊富なメニューがある中で、パイシチューを選んだ私たちは、特に沈黙になることもなく、お互いの話をした。出身地とか、大学の話とか、岩手って寒いよねって話とか。本当にたわいもない話。アプリを始めなければ、出会うことのない同士だっただろう。

 私たちが話している途中、明るい店内の照明が急に消え、BGMがピタッと止んだ。なんだろうと思った矢先、店員さんがバースデープレートを手に持ち、私たちくらいの年代の女子4人グループのテーブル席へゆっくり向かう。線香花火がろうそく代わりに刺してあり、薄暗い店内で、静かに、バチバチと灯っていた。

 おめでとうございまーす、と店員さんがプレートをテーブルに置くと同時に、周りのお客さんが拍手していた。彼も、拍手していた。


 この日から数年後、私は彼に会いに、横浜へ訪れることになるのだが、その際も、みなとみらいでバースデーサプライズの現場に再び遭遇した。高校生の女の子たちのグループで、同じようにバースデープレートが運ばれていた。その時の彼は、あの頃と同じ横顔で、同じような笑顔で拍手していた。歳を重ねたし、随分大人っぽくなったけど、同じ横顔をしていた。これがデジャヴか、と感心すると共に、この日の出来事は、今日1日過ごしたことは、忘れないだろうな、と彼の横顔を眺めながら思った。みなとみらいの、きらきらと埋め尽くされた夜景が眩しい夜だった。


 出会った当初のよそよそしさがどこかに吹っ飛び、他のところに行こう、という話になった。カフェを出ると、雨が降っていた。コンビニに寄って、彼がビニール傘を買い、私はその傘に入れてもらい、歩いてマルカンデパートに向かった。花巻といえばマルカンでしょう、ということで。箸で食べるソフトクリームが有名なんだよ、と彼を案内し、マルカンへ入り、エレベーターで6階へと昇っていく。

 マルカンのミニソフトを2つ頼み、(4月で雨となるとそれなりに肌寒く、ミニが妥当なサイズだった)箸でソフトをつつきながら、彼は今勤めている会社の話をしてくれた。岩手には1か月研修でいるが、その後は別の勤務地になるらしい。それって、岩手にいるのも少しの間なんだ、と寂しさより、どこか他人事だった。私の好きなYouTuberは『めちゃくちゃ普通の味だ』と感想を述べていたが、彼は美味しい、と言ってくれて、わかってるなあ、このレトロな空間で食べるからそ美味しいんだよ、と、私は答えた。ほんのり照らす照明や、小学校の体育館にありそうなパイプ椅子、ナポリタンの酸っぱい香り、この昭和な空間が、付加価値になるのだ。

 花巻駅へ、歩きながら帰るとき、過去の恋愛の話をした。彼も、アプリで何人かと会ったことがあるそうで、『今回がいちばん楽しかった』と話してくれた。みどりちゃん、写真で見るよりかわいいし。

 自分に自信がない私はすっかり舞い上がって、へろへろしながら歩いた。かわいいんだ。かわいいのか。別に、特別かわいい訳じゃないけど、こんな風に言ってくれる人がいるなら、いいかなあ。このワンピース着てきて、よかったかもしれないな。つまらないけど、女の子らしくて、歩くたびに裾がなびいて、そうでもない自分が、少しでもかわいく見えた。帰りの電車に乗る時、彼は手を振って見送ってくれた。かわいいのかあ、私。と、相変わらず浮かれていた。


 それから数日間、特に連絡を取り合わなかったが、唐突に彼から『元気?』とLINEが来た。少しやりとりして、電話しよう、と彼からかけてくれた。

『特に、何か話すってわけでもないんだけど』

その彼の言葉が嬉しかった。

 彼からの連絡のおかげで、後日また会うことになる。彼はいずれ異動するし、会うのは、あの花巻で最後だろうと、ぼんやり考えていたのだが。何が起こるか、本当にわからないものだ。


 恋は、どちらかの勇気によって、生まれるものかもしれない。


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