吉田 翠*詩文*

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固定されたノート

父が伝えようとしたことの片鱗を感じて

少し大袈裟なことを書いてみたい。

父がわたしに何度も伝えようとしていたことがある。
それは『悠久の時間』の中にある『自我』と『無常』だ。

頭では理解してきた。けれど感覚に落とし込むことがなかなかできないでいた。怖くて。

(物質世界に)生きる以上、泣いたり笑ったりしながら好奇心を満たして、泥臭くても人間臭く生きろよ。そしていよいよとなった時は『無常』を思い出し大きな自然の中に身をゆだねてみろ。

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詩歌の言葉(古語について)

少し前のことになりますが、かねきょさんに短歌の言葉について、お話しを伺いました。とても参考になりました。

また、kusabueさんも俳句に関して度々触れられています。

歌人でもなく、手習い程度でおこがましいですが、ちょっとだけわたしも思うところがある。

異論反論あると思います。単なる言葉遊びだと言えばその通りです。

「そんなんどーでもえーじゃん」的な声は、あっさり気にせず、あくまでもわたし

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詩 おいらく

よく知りもしない草に手をついて
落とした色を見る

星の少ない夜にあらわれた
翳りをおびる無彩色
どこまでもどこまでも広がり
落とした色は仮の姿だと思い知った

熱の枯れた土の上で
目を閉じて
熱の枯れた身を
ひとり笑う

知ったつもりの黒いしじま

待ちくたびれた星が
蛍を呼んだ

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ちびまゆさんが日曜作曲で発表された『tobari』という曲

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一行詩と自由律俳句??

矢口氏をそそのかして自由律俳句のいちごつみをやったわけですが、そこで新たに『一行詩でのいちごつみ』なるものもやってみては?という言葉が麦笛さんから出て、やはり矢口氏はフットワークが軽かった(笑)

ここでさかんに出てのは

「自由律俳句」と「一行詩」の違いは?

これだ。

わたしが思う範囲でちょっと。
そもそも俳句は短歌と並んで、律という韻を使う詩の一部だ。
ところが自由律は、律の制限を超えたと

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