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掌編 シャラの木


神話部 月別お題作品 お題【炉】

シャラの木

初老の男は樹皮が落ちた斑模様の幹を撫でた。自然にできた模様が美しい。

北の地では早くも雪が散らついていた。
ブルっと肩をすくめると、風邪を引いてはいけないと襟元を深く合わせたが、男は急におかしくなった。

今更寒いのだの風邪だのと、どうでも良いではないか。

再び背を丸めて歩き始めようとすると、庭木の奥から声がした。

「どうかされましたか?」

品の良い老女だった。
男はびっくりすると「…… いえ、斑模様が珍しく…… 失礼しました」

「そうでしたか、シャラの木ですね…… よろしければ少し寄っていかれませんか?」

「え?」呆気に取られたが、男は戸惑いながらも女の所作に促され、気がつくと囲炉裏の前に座らされていた。

「生憎と宅の者は留守をしておりますが、冷えてまいりました。甘酒でも召し上がりませんか」

「はぁ…… 」

最初は何事かと思っていた男も、囲炉裏の炎は思いのほか心地良かった。

「この先は深い山。民家も殆どありません。お顔の色が余りにも冴えないようで…… 万が一にもと…… 」

「参りましたな…… いや、別に死に場所を探していたわけではありませんよ ……」

そう言いながらも、何故か促されたように男はぽつりぽつりと話し出した。
家業の和紙製造業を継いでやってきたが、この度のバブル崩壊で首が回らなくなったのだった。資金繰りに疲れてあてもなく旅に出たくなったのだと言う。

「戦後父は機械化によって売り上げを伸ばしましたが、徐々に和紙らしさが失われて安い洋紙に太刀打ちできなくなりました」

「何もかも放り出す覚悟でした。ただこの囲炉裏と甘酒の温かさで少し元気が出ました…… 初対面の方にこのような話を……」

「落ち着かれて良かった…… この地方ではあらゆるものに神様が宿るといいます。囲炉裏にもアペフチと言う老婆の神がいるんですよ。外からいらした神様を温めてもてなします」と言って女は微笑んだ。

「神様ですか。いや、でも自分は神ではありませんがお言葉に甘えて温めていただきました。ありがたい事です」

「おやおや貴方様は神様ですよ。紙を作っておられる。紙様を生む大神様じゃありませんか」

「なんと、紙様ですか」

男がそう返すと、ふたりはひとしきり笑った。


その後男は機械による和紙製造の半分を伝統的な手梳きに戻し、順調に売り上げを伸ばした。
工場の裏庭に植えたシャラの木が樹皮を落とし、やがて斑になるのを楽しみにしながら男は老女を思い出すのだった。

「アペフチか…… 」


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆

ギリギリの999文字と言う攻めっぷり(勿論タイトルとスペースは抜く←)

全て創作。
そこはかとなくひと昔前の雰囲気が出ていればいいのだが…😎

アベフチ
アイヌ神話にて囲炉裏に宿るカムイ。火を守り、家神として訪れた神々をもてなす。
老女だと言う。


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