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【短期集中連載小説】保護者の兄とブラコン妹(第2回)

<前回はコチラ>

俺と由美は、いずみ野のアパートでの役割分担を、パスタ専門店で夕飯を食べつつ、色々話しながら決めていた。

簡単に言えば、先に帰った方が炊事、洗濯、風呂の準備といった家事をやるとことになったが、俺が木曜から日曜まで居酒屋でバイト、火曜は家庭教師のバイトをしているので、木曜から日曜までの夕飯は、由美が俺のバイト先の居酒屋へ夕飯を食べに来ることになった。

「水泳部って、何時までなの?」

俺はペペロンチーノを頬張りながら由美に聞いた。

「高校の決まりだと10月からは6時まで、11月からは5時半まで」

由美もカルボナーラ大盛りを頬張りながら答えた。
やはり水泳部だと、お腹が空くのだろう。

「じゃあ、どうしても由美が早く帰ってくる可能性が高いよな。アパートはお前の高校に合わせて選んだんだし」

「でも大会が近くなると、もうちょい長くなる…のは、お兄ちゃんも知ってるでしょ?」

「ああ、体育系の部活の暗黙の了解だよな。バレー部もそうだったし」

「でもまあ、木曜から日曜まで、お兄ちゃんの居酒屋メシを食べれるから、それでおあいこにしてあげる。それ以外はアタシだって女なんだから、家事はやるよー」

「嬉しいけど、勉強や部活も大事だろうから、家事は無理するなよ。女子水泳部の主将になったんだし。俺の方が融通利くんだから」

「お兄ちゃん…。あの、ありがと」

由美はちょっと照れていた。

とりあえず二人とも完食し、俺が会計を済ませて一緒に外へ出ると、綺麗な星空が見えていた。

「お兄ちゃん、いずみ野って、前に住んでた所よりも夜空が綺麗だね」

「そうだな、俺と由美の新たな出発を祝ってくれてるのかな」

そう言いながらアパートへと、俺たちは自然と手を繋いで戻った。

昔を思い出す。

昔は泣き虫だった由美を、慰めながら帰ったな…。
公園で由美をいじめてたガキ大将を逆にやっつけて、由美を連れて帰ったり。
その内、由美ちゃんには怖いお兄さんがいるって噂になったもんだ。

それが小4で水泳を始めてから、みるみると逞しくなって、逆にリーダーシップを取るような性格に成長したのは、嬉しいようなそうじゃないような、不思議な気持ちだった。


「ねえお兄ちゃん、今夜は何すればいいんだっけ?」

「えっと…。まず8畳の部屋をカーテンで仕切らないとな。あとは、明日の準備と、風呂を沸かすのと…」

「ワーッ、やることがあり過ぎる!役割分担しよーよ。力仕事と電気関係はお兄ちゃん、それ以外はアタシ」

「ま、まあそれでもいいよ。じゃあ俺は8畳の部屋にカーテンを吊るから、その間に由美は由美のスペースで、明日の準備してな」

「うん、ありがとね、お兄ちゃん」

俺は8畳の部屋が4畳ずつになるよう、予め買っておいたカーテンレールを、長さを微調整しながらセットし、そこへ明るい緑の花柄模様のカーテンを吊るしていった。
その間由美は段ボール箱を次々と開けて、教科書や参考書は机に、雑誌や漫画類は本棚に次々と並べていた。
衣服も制服をハンガーに吊るして、スカートの襞を整えていた。

(流石、あんな部分は女の子だな…)

ふと俺の視線を感じたのか、由美が言った。

「只今から男子禁制の衣類の片付けに入ります!特別な用がない限り、お兄ちゃんは覗かないで下さい!」

俺は苦笑しながら、カーテンを閉めてみた。

「どうだ、由美。カーテン閉めたら分かんないだろ?」

「わっ、これは助かるわ!じゃあ遠慮なく…ってお兄ちゃん!アタシがもう大丈夫って言うまでは、覗かないでよ!」

「分かってるっつーの」

俺も段ボール箱を開け、由美と同じ作業を始めた。洋服や下着類を箱から出していたら一つ決め忘れていた事を思い出した。

「なあ、由美」

「え?まだ覗いちゃダメだよ」

「違うっつーの。洗濯の話だよ。お前が洗濯するなら、俺のパンツなんて大して気にならないと思うけど、俺が洗濯することになったら、お前の下着や水着とか体操服、俺が洗って干してもいいのか?」

「えっ、あー、そこまで考えたこと無かった!…そうだねぇ…別にいいよ。お兄ちゃんが洗って、干してくれても」

「いいのか?マジで?嫌じゃないか?」

「だって、これまでもお母さんが洗ってくれてたけど、お兄ちゃんのもアタシのも一緒に洗ってたし。まあ、洗濯物をお兄ちゃんに見られるのはちょっと恥ずかしいけど、今までも取り込んで畳む前のアタシの下着とか水着、見てるでしょ?」

「まっ、まあね」

「だから気にしないでいいよ。ただ一つ!」

「ん?一つ?」

「ブラジャーだけは、洗う時は別のネットに入れなきゃいけないの。その点だけ気を付けて」

「そうなんだ、知らんかった」

「あと、ベランダに干す時は下着ドロに盗まれないように、お兄ちゃんの洗濯物でアタシの洗濯物を隠すように干してね」

「やっぱり女の子の衣服の洗濯は大変だなぁ。由美、洗濯は全面的に由美がやってくれた方がいいんじゃないか?」

俺は自分の服と下着を畳みながら言った。

「えーっ、水泳部の練習でクタクタになったアタシに、洗濯まで毎日やれってゆーの?お兄ちゃん、なんという妹イジメするのよ~シクシク」

「わ、分かったよ、洗濯は、出来る者がやる、これでいいな?」

「そうしようよ。お兄ちゃんもバイトで疲れる日もあるだろうから、そんな時はアタシがやるから」

「お互いに助け合おうな」

「うん!」

大体、お互いのスペースの大まかな片付けが終わり、俺は共用部分の4畳半の部屋にテレビを設置し、風呂の浴槽に水を張り、ガスの元栓を開けて風呂を沸かした。

その間に由美は、軽い夜食を作ってくれていた。

「お、ありがとう。焼きそばは嬉しいな~」

「でしょ?アタシもお腹空いたしね。お風呂はどれだけで沸く?」

「うーん、今日初めて沸かすから、どれだけかかるかよく分かんないや。ちょこちょこと見に行ってみるよ」

「アタシ、汗ダクダクだから、お風呂に入りたい~。お兄ちゃんはアタシの後でもいい?」

「まあ、いいよ。それより焼きそば、お前いつの間にこんなに腕上げたんだ?お代わりしたいくらいだよ」

「えへへっ、アタシだって女の子だもん。料理くらいお兄ちゃんに負けたくないし。あとごめんね、焼きそばは冷蔵庫に1人分しか無かったから、お兄ちゃんとアタシで半分こなの。明日、少し買い物しておくよ」

「頼むよ。風呂も沸いたかな?……あ、まだちょっと温いけど、入れんことはないよ。入るか?」

「うん、入る入る!1秒でも早く入りたい~。着替え持ってくる!」

由美は自分の4畳のスペースから着替えを持ってきて、

「お兄ちゃん、アタシがお風呂から上がるまで、男子禁制だからね!」

「分かっとるって」

由美は浴室のドアを開け、中に入っていった。

その瞬間、電話が鳴った。


電話を引くべきかどうか迷ったが、兄と妹で暮らす以上、連絡用に1台電話は引いといた方が良いだろうということになり、父が電話加入権を負担してくれ、1台留守番電話を買っておいたのだった。

「誰だ…?」

と疑いながら恐る恐る「もしもし?」と出てみたら、父だった。無事に金沢に着いたとのことだった。
僅か数時間前まで一緒だったのに、もうはるか遠くの地に行ってしまったことが不思議でもあり、改めてこれからは俺と由美で2人で暮らしていかねばならない現実に、身が引き締まった。

父と母との電話が終わった頃に、由美が風呂から上がってきた。

「ねぇお兄ちゃん、もしかして我が家に初電話が掛かってなかった?」

由美はTシャツに短パンという姿で、タオルを首に巻いていた。

「ああ、父さんと母さんから。金沢に着いたって」

「えっ、そうなんだ…。もうお父さんとお母さん、金沢の人になったんだね…」

「由美、電話で話したかった?」

「うーん…。声は聞きたいけど、聞いたら泣いちゃいそうだから。また今度でいい」

「そっか。じゃあまた今度でいいか…。それじゃ今度は俺が風呂入るから、由美は布団でも敷いて寝てもいいし、好きなテレビ見ててもいいし」

「うん、そうする…」

「逆に今から、女子禁制な」

「うん…」

何だか由美が寂しそうなのが気になったが、俺は洗濯機にジーンズ以外の着衣を放り込んだ。

念のため洗濯機の中を覗いたら、由美の脱いだものが入っていて、既にすぐ洗濯できるよう、ブラジャーは由美が言っていた別のネットに入っていた。

(多分、明日の朝の俺の仕事だな)

風呂はまだ由美が入った余韻が漂っていて、温かかった。
タオルに石鹸を付けて泡立て、全身を一気に洗っていると、風呂のドアをノックする音が聞こえた。

(由美…?)

俺が風呂に入る時、寂しそうな表情をしていたので、もしかしたら…とは思ったが。
もう一度ノックの音がしたので、返事をした。

「由美か?どうしたの?」

するとドアが少し開き、涙目の由美がそこに立っていた。

「お兄ちゃん…」

俺は由美の涙目にビックリした。

「ど、どうした?なんか、怖いものでも見たのか?」

「ううん、違うの。お兄ちゃんがお風呂に入ったら、アタシ1人だって思ったら、急に寂しくて寂しくて…」

「それで女子禁制だけど、風呂に来ちゃったんだ?」

由美は大きく頷いた。

「そっか、ならそこで俺が風呂を終わるまで待ってな」

「うん…」

いくら妹とは言え、女子に体や頭を洗ったりする姿を見られるのは、恥ずかしい。
俺は慌てて一通り洗い終え、タオルで前を隠して浴槽に浸かった。

「ふぅ…」

「ウフッ、お兄ちゃん、アタシが見てるから、焦ったでしょ?」

「そ、そりゃあ…」

「前をタオルで隠したりしなくても気にしないのに、アタシ」

「んなこと言ってもだな、やっぱり妹とは言え俺の大事な部分を見られるのはだな…」

「アハハッ!お兄ちゃん、楽しいね。小さい頃を思い出すなぁ…。まだお兄ちゃんとアタシが、一緒にお風呂に入ってた頃。いつもお風呂で遊んでて、お母さんに早く出なさい!って怒られたよね」

「そうだなぁ。何歳まで一緒に入ってたっけ?」

「多分…アタシが水泳始めた頃までかな…?」

「じゃ、俺が中1で由美が小4の頃だね。思い出してきたよ、そろそろ妹とは言え女の子と風呂に入るのが恥ずかしくなってきた頃だよ」

「そう?アタシは別になんとも思ってなかったんだけどね。だからきっとお兄ちゃんから、もう止めようって言ったんだろうね」

「だってさ、中1だぜ?俺はもう、ガンガンに異性を意識する年だよ。流石に恥ずかしかった筈だよ。…だって由美と俺で、体が違うだろ?」

「まあそうよね。なんでアタシには、お兄ちゃんに付いてるモノが付いてないんだろう?って不思議に思ってたから…」

「俺は逆だよ。なんで由美には…その…アレが付いてないんだ?って思ったからなぁ」

「ホントだね、不思議だね」

等と風呂にまつわる思い出話をしていたが、そろそろ俺ものぼせそうになってきた。

「由美、頼む!俺もう上がりたいからさ、数分間だけ女子禁制にしてくれないか?」

「えーっ、寂しいよ、お兄ちゃん。すぐ戻って来てね」

由美はそう言って、共用の4畳半の部屋へ戻った。

とりあえず早く最低限のモノを着て、早く戻ってやらなくては…。


「玄関の鍵は、これでよし」

俺は初めて由美と2人で迎える夜に緊張していた。

(俺はともかく、由美に何かあったら困る)

「由美、もう布団入ったか?」

「うん…」

「じゃ俺もハミガキしたら寝るから」

事前には気付かなかったが、洗面所という設備が、この部屋には無かった。
台所で洗顔やハミガキをせねばならない。
まあ格安物件だから仕方ないだろう…。

「さ、寝ようか、由美」

俺はカーテンで仕切られた俺のスペースに敷いた布団に入った。
まだまだ片付けなくてはならない荷物が山ほどあるが、とりあえず明日やればいいだろう。土曜日に講義を入れなくて良かったと、改めて実感した。

「お休み、由美」

「お兄ちゃん、お休み…」

俺は部屋の電気を消した。カーテンで仕切ったとはいえ、照明は共用だ。

…体は疲れて眠い筈なのに、睡魔が襲って来ない。

悶々と布団の中で寝返りを繰り返していたが、由美も同じようで、声を掛けて来た。

「お兄ちゃん、寝れないの?」

「由美もまだ寝てなかったのか」

「うん。疲れて眠い筈なのに、寝れないの」

「俺と一緒だな」

「ねぇ、お兄ちゃん…」

「ん?どうした?」

「お兄ちゃんの布団に入ってもいい?」

「えっ!そ、それはマズいんじゃないか?」

「ダメ…?ねぇ、お兄ちゃん…」

由美は心が落ち着かないのか、薄っすらまた涙声になっていた。

「じゃ、カーテン開けて、布団くっ付けるか?」

「うん、それなら…」

由美は起き上がると、カーテンを開け、布団を俺の布団にくっ付けた。

「お兄ちゃんの顔だ〜。ホッとするよ、お兄ちゃん」

「どしたんだ、今日は甘えん坊さんだな」

「いっ、いいじゃん、たまには。特に今日は…アタシ、不安だからさ…」

「まあな、お父さんとお母さんがいないってのは、不安だよな。だけど由美のことは俺が守るから、安心しな」

「……うん」

「さ、とりあえず布団に入って、横になろう」

俺と由美は布団に入り、横になったが、由美が手を伸ばしてきた。

「由美、どうした?」

「お兄ちゃん、今夜だけでいいから、手を繋いで寝ようよ。というか、寝て」

「あ、まあいいよ」

俺と由美は布団の中で手を繋いだ。

「お兄ちゃんと手を繋いで寝るなんて、いつ以来かなぁ…」

「小学校の時は並んで寝てたもんな。小さい時の由美は可愛くてさ、別々の布団で寝ててもいつの間にか俺の布団に入ってきてたよな」

「恥ずかしいね、今更だけど」

「だから手を繋ぐどころか、抱き合って寝てたこともあったぞ」

「今だと問題よね。キンシンソウカン?それになっちゃうんだよね」

「アハハッ、何だよ、それ。ま、今でも手を繋ぐくらいならいいんじゃないか?それで由美が落ち着くんなら」

「…うん、ありがとう、お兄ちゃん」

俺は由美の手を握り返し、安心させてやった。

「お兄ちゃんの手、大きいね。安心するよ…」

「安心して寝てくれればいいよ。子守唄でも歌おうか?」

「んもう、そこまでお子様じゃないよ!…でも、ありがとう、お兄ちゃん。お休み…」

「ああ。お休み」

もう一方の手で由美の肩をトントンと叩いていたら、由美はスーッと眠りに落ちた。安心したのだろう。

俺も寝て、明日に備えねば…

<次回へ続く>


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