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異邦人一家、弥次喜多旅行 その2 横須賀ー三浦ー墓参り

12月21日。夜7時に久里浜の焼肉店で兄の忘年会に合流する予定。その前に私たち家族は横須賀のデパートで時間を潰した。横須賀を選んだのは川崎方面で働く古い友人と落ち合うためだった。

せっかく友人と落ち合ってみたものの家族が一緒だと言語バリアが発生してゆっくり話はできない。かといって外は寒いし暗いしで、行動範囲がぐんと狭まり、お茶した後はデパートでの無目的ショッピングという頽廃的行為を避ける事ができず、私はガチャンコでプラスティックのイカの刺身、娘はネールバーニッシュ、そして風邪をひいて超不機嫌な夫はカステラを購入。果てしなく下らないが、外人一家の私たちには、日本でのこんな下らない行動が十分楽しかったりする。

いつからだろうか。商店街、駅のプラットフォーム、選挙のポスター、昼間の居酒屋など、日本に住んでいた頃は「あー醜い。あー汚い。あーつまんない。」と、下手な水彩画みたく感じていた日本の日常の風景が、ウエズ·アンダーソンの映画みたいにビビッドな色彩で踊りながら眼に入ってくるようになった。思わずセルフィなんか撮っちゃったりして。これを、眼の外人化と私は呼ぶ。日本なのに日本じゃない日本を3倍楽しめるお得現象!

結局、時間を潰しきれず(夫が具合悪いとダダをコネるし)、江戸時代ペリーが黒船で脅しをかけた久里浜に直行。そういえば昭和にはゴジラも上陸したな。

友人とさよなら言って時計をみたらまだ6時。もう行っちゃえ、と嫌がられるのを覚悟で焼肉店に入ってみたら、予約より1時間も早いのに「どうぞーっ!」と普通に席に通してくれた。ああ、大地の母、日本。優しいねー。

店内はガラガラで客はまだ私たちだけだった。だからか。で、私はまたハイボール。娘はレモンサワー。調子悪くて子供のようにぐずっている夫には、牛すじのスープを頼んだ。これが大正解で夫は別人28号のごとく蘇り「アサヒの生!」に返り咲き。

7時前、久しぶりに逢う兄が仕事の人たちと一緒に笑いながら入ってきた。兄はさておき、仕事の人たちはあまり知らないメンバーだったので、いきなり焼肉屋で彼らの忘年会に突入した私たちは盛り上がるのにちょっと時間がかかったが、最後の方はいつものノリで座布団何枚か貰えそうなジョークを飛ばし合い、お腹いっぱい、酔いもほどほどでタクシーでビジネスホテルに戻った。

家族には今宵の宿泊施設にはまず期待を寄せぬようにと精神的な根回しをしておいたのが奏をなし、英国によくあるうす汚いビジネスホテルを予想していた娘はすっかり私の罠にはまり、「え?悪くないじゃん。もしかして品川プリンスよりもいいかも。」なんてプリンスグループがのけぞりそうな爆弾発言を落とした。へっへっへ。うまくのってくれたものよのー。

朝起きたら、窓から富士山が神々しくそびえ立っているのがいきなりずーんっと見えた。びっくり。オンラインでホテルを予約した時に、どこにもそんな事書いてなかったからね。チェックアウト時に「富士山が見える部屋って宣伝しないともったいないですよ。」と黒眼鏡のフロントのお兄さんに余計な世話を一応やいておいた。「英国ですか。いつか列車を見に行きたいです。」とニコニコと答えるお兄さん。へーっ。トレインスポッターなんだ、彼。

ふと、昔の事を思い出した。ロンドンの喧騒に疲れ、聞いたこともない田舎のホテルにいきなり泊まった事があった。朝早く、遠くから「シュッシュッー!」と列車が近づく音で眼が覚めた。カーテンを開けると目の前に高原がブワーッと広がっていてその中をSLが颯爽とこちらに向かって走ってくるではないか。夜着いたのでホテルの前がこんな景色だったとは知らず、驚きでガチョーンが出そうなのを堪えて、近寄るSLをよく見たら、なんと、トーマス機関車!あの人を小馬鹿にしたようなトーマスの顔。起きたての私は、状況の把握もままならず「え???トーマス機関車って本物だったんだ!!!とか思ってしまうところだったよ、馬鹿やろー。

フロントのお兄さんの笑顔とトーマスの顔が重なり、そしてまた離れていった。

ホテルを後にしたのが朝10時半。私たちは兄と一緒に三浦霊園へ向かった。父と母の墓参りだ。墓参りは朝のうちにね、とか言っていたのに、昼過ぎになってしまった。お父さん、お母さん、私たちの事見えますか?雲一つない真っ青な空の下、私たちは丁重に墓石を洗って、お線香と花を供え、家族で墓石と一緒に記念写真。一人一人減っていくね。兄と共々「私たちがいなくなったら墓を宜しくね」と娘に頼んだら、神社と寺の区別もつかない彼女が軽く「オッケー!」と引き受けてくれた。本当かよ。

兄が父と母のためにこの墓を立てた時、母はとても喜んだ。私は驚いた。だって「海に灰を撒こうねっ。」て兄と二人で話あった矢先だったからね。「どうしていきなり墓を立てたの?」と聞いたら「友達の墓参りに一緒に行って、いいなと思った。」と兄は言う。まあ、私はどちらでも良かった。形として残る墓であっても、形の無い海に舞う灰であっても。父と母は多分形があったほうが納得いっただろうし。ピクニックが最適な霊園を選んだ兄は、家族でピクニックしようと思ってたのかな。天国のピクニック。

三浦霊園から見える海と畑はいつだって牧歌的で、子供の時のように全く何事もなかったように平和だけど、平和な分だけどこか悲しい。懐かしい鳴き声でトンビがクルクルと旋回し、野良猫がその下をのそのそと歩いている。私たちがいなくなっても、この景色はスーパー8に残されたみたいに、このまま続くのだろうか。

お墓参りの後は、近くの港にある漁師さんのやっている食堂で刺身定食をたっぶり食べてから兄とひとまず分かれ、私たちは静岡に向かった。新横浜から新幹線。大好きな新幹線。新幹線の曲を書いてしまうほど、新幹線が好きな私です。

巨人、大鵬、卵焼き、ではなく、巨人、千代の富士、新幹線。

次に続く。

漁師さんの定食屋



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