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多数決って正しいの?~ボルダルールとは~


はじめに

みなさん、多数決についての前回の記事は読んでいただけましたか?前回は陪審定理を紹介しました。簡単にまとめると、陪審定理とは選択肢が2つだけの場合は単純に多数決を行うのがよい、ということを数学的に示したものです。では、選択肢が3つ以上の場合は本当に単純な多数決が最適な意志集約の方法なのでしょうか?そこで今回は少し変わった多数決のやり方、ボルダルールの紹介をしていこうと思います。

票の割れ

まずは次の具体的な多数決の場合を考えてみましょう。100人のクラスで修学旅行の行き先を多数決で決めます。選択肢は1,フランス 2,沖縄 3,北海道 の3つで、国内の場合は4泊5日、海外の場合は2泊3日です。そして、多数決の結果は以下のようになったとします。

フランス:40票
沖縄:35票
北海道:25票

これでフランスを選ぶのが本当にクラスの意志を適切に集約しているといえるのでしょうか。もう少し詳しく見てみましょう。第一希望に国内を選んだ人は2泊3日で海外に行くよりも4泊5日で国内に行く方が良いと考えているので第二希望にも国内の都市を選ぶ、また、第一希望でフランスを選んだ人の第二希望は、北海道と沖縄で半分ずつであると仮定しましょう。そうすると、クラスの意思は以下の表にまとめられます。

この場合、100人中40人がフランスを第一希望にしているものの、60人は最も低い第三希望にしています。このままフランスを選ぶのが本当にみんなの意見を反映しているといえるのでしょうか。さらに、選択肢がフランスと北海道の2つしかない場合を考えてみましょう。この場合、フランス40票、北海道60票で北海道のほうが多数です。また、フランスと沖縄の場合でも同様のことが言えます。

選択肢がフランスと北海道しかない場合、左側の40人はフランスを、右側の60人は北海道を選ぶ。

これをまとめると、フランスは北海道にも沖縄にも、一対一で比較すれば負ける選択肢といえるのです。このように、ほかのすべての選択肢に対し、ペアごとの多数決で負ける選択肢を「ペア全敗者」と呼びます。しかしながら、ペア全敗者であるフランスが単純な多数決では選ばれてしまいます。なぜこのようなことが起こるのかというと、単純に票が割れているからです。2泊3日で海外に行きたい人と4泊5日で国内に行きたい人を比較すると後者のほうが多いのですが、国内には北海道と沖縄という2つに選択肢があるので票が分散し、結果的に単純な多数決を行えば海外(つまりフランス)が勝ってしまうのです。

今回は非常に理想的な仮定を置いたので、現実にはそう起こらないと考える人もいるでしょう。しかし、同様の現象はしばしば起こります。最も有名なものは2000年のアメリカ大統領選挙でしょう。この選挙では、民主党が指名するゴアと共和党が指名するブッシュの一騎打ちとみられ、当初の見込みではゴアが優勢でした。しかし、そこに「第三の候補」としてゴアと支持層がかぶっているネーダー(緑の党)が出馬しました。最終的にネーダーはゴアの票を一部奪い、それが致命傷となってゴアは敗北、ブッシュが逆転勝利することになりました。

上の例で見た通り、単純な多数決は票の割れに非常に弱いのです。

ボルダルールとは

ではこの記事の本題である、ボルダルールについて紹介していきましょう。ボルダルールとは、各投票者が候補者全体に順位を付け、それぞれの候補者がそれぞれの投票者から得る順位に基づいてポイントを獲得するという方法です。先ほどの修学旅行の行き先の例を使って具体的に説明しましょう。今回選択肢は3つなので、1位には3点、2位には2点、3位には1点を与え、その総和で全体の順位を決めます。

この場合、各候補の得点は以下のようになります。

フランスの得点:(20×3)+(20×3)+(35×1)+(25×1)=180
北海道の得点:(20×1)+(20×2)+(35×2)+(25×3)=205
沖縄の得点:(20×2)+(20×1)+(35×3)+(25×2)=215

ボルダルールを採用すれば、この多数決の結果は沖縄ということになります。

ボルダルールの優れている点は、票の割れに強く「ペア全敗者を必ず選ばない」という点です。これは数学的に証明されており、興味のある方は後述の書籍紹介を参考に調べてみてください。

ボルダルールの欠点

当然、ボルダルールにも欠点が存在します。

  • 少しわかりにくい

たとえ票が割れていたとしても、最も得票数の高い人を選ぶのが直観的にも合致しています。

  • ペア全勝者を選ばないこともある

前回の記事で紹介した陪審定理の発案者、コンドルセによってボルダルールはペア全勝者を選ばない可能性があることが指摘されています。ペア全勝者とは、ペア全敗者の反対で、ほかのすべての選択肢に対し、ペアごとの多数決で勝つ選択肢のことを言います。先ほどの修学旅行の行き先の例を用いて、次のような状況を考えてみましょう。

この場合、ボルダルールに沿って得点を計算すると、

フランスの得点:(60×3)+(40×1)=220
北海道の得点:(60×2)+(40×3)=240
沖縄の得点:(60×1)+(40×2)=140

以上から、ボルダルールに従えば、北海道が選ばれます。しかし、あらためてこの得点の表を見てみると、フランスは北海道にも沖縄にも一対一の多数決では勝っています。すなわち、フランスはペア全勝者であるにも関わらず、ボルダルールでは選ばれないのです。

  • 戦略的投票

ボルダルールには、嘘をつくインセンティブがあります。ここでの「嘘」とは、本来の自分の希望とは異なった希望順位を多数決の際に提示することです。以下の場合を考えましょう。便宜上、グループ分けしており、グループBとグループCは同じ希望順ですが、後で使うため分けています。

この場合、ボルダルールでは、

フランス:(40×3)+(60×2)=240
北海道:(40×1)+(60×3)=220
沖縄:(40×2)+(60×1)=140

となり、フランスが選ばれます。しかし、ここでグループBの30人が嘘をついてフランスと沖縄の順序を入れ替えて発表したとしましょう。すると、票は以下のようになり、北海道が選ばれることになります。

グループBの第二希望と第三希望が入れ替わっている

フランス:(40×3)+(30×1)+(30×2)=210
北海道:(40×1)+(30×3)+(30×3)=220
沖縄:(40×2)+(30×2)+(30×1)=170

グループBの人たちは、第一希望が北海道、第二希望がフランス、第三希望が沖縄です。しかし、ここで戦略的に「嘘」をつく、つまり、フランスの得点を下げようとフランスの順位を下げて発表することで、結果的に第一希望の北海道を実現させたのです。このように、ボルダルールには嘘をつくインセンティブがあり、これを戦略的操作の可能性を排除できない、耐戦略性を満たさない、などと言います。

まとめ

ボルダルールは単純な多数決とは異なり、票の分散に強いという特徴があります。これにより、候補者間で票が割れている状況でも、公平で包括的な結果を導き出すことが可能です。一方でいくつかの欠点も抱えています。

ボルダルールは私たちが多数決のルールを選ぶ際の重要な選択肢の一つとなります。私たちが直面する様々な状況や課題に対して、最適な多数決ルールを選択するためには、各ルールの長所と短所を理解することが重要です。これからも、様々な多数決のルールについて紹介していく予定ですので、是非参考にしていただけますと幸いです。

参考文献・読書案内

この記事は次の2冊を参考に書きました。

「多数決を疑う 社会的選択理論とは何か」坂井豊貴 岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b226328.html

「社会的選択理論への招待ー投票と多数決の科学ー」坂井豊貴 日本評論社
https://nippyo.co.jp/shop/book/6371.html

本記事に興味を持ってくれた方にはまず一冊目「多数決を疑う」を強くお勧めします。この本は高校国語の教科書に掲載されるなど、非常に高く評価されています。(大修館書店、論理国語 https://www.taishukan.co.jp/kokugo/product/?type=textbook&id=63

また、より数学的な証明などを知りたいという方には「社会的選択理論への招待」を読んでみると良いでしょう。内容的には少し「多数決を疑う」よりも難しいものになっています。


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