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恐竜

幼い頃、大きな口を開けたこの恐竜が怖かった。
階段や机の上、玄関先やトイレの前。いろんなところにこいつがいて、僕を睨みつけていた。微動だにしないくせに、なぜかこっちを見ている気がして、僕が近づくのを静かに待っているように、僕が近づけばいつでも噛みつけるように、じっと、ただじっとこいつは立っていた。

ママが言うんだ。「そこには行かないでね」って。
ママが言うんだ。「そこは危ないよ」って。

僕はいつもどこでも行けた。和室を抜けて、お姉ちゃんの秘密を見つけて。おもちゃ箱をひっくり返して、棚だって簡単に開けられた。高い場所に置いてあるダンボールにだって、椅子を運べば手が届いた。

でもね、突然こいつはやってくるんだ。僕の目の前に、僕の自由を奪うかのように。お姉ちゃんの笑い声がするのに、ママがこの向こうにいるはずなのに。どうしていつも僕の邪魔ばかりするんだろう。大きな口で、「そっちには行かせないぞ」って今にも吠えそうな顔をして、僕を睨みつけてくるんだ。あと一歩なのに。もう少しで手が届きそうなのに。

お姉ちゃんが言うんだ。「それは触らないで!」って。
お姉ちゃんが言うんだ。「そこに入らないで!」って。

今はね、もう怖くなんかないよ。僕はどこにだって行ける。階段だって上れるし、棚の上のお菓子だって手を伸ばすだけで取れる。もう大丈夫だよ。こいつがいなくても、僕はきっと大丈夫。

僕を見守ってくれてありがとう。

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