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手相を見られてドン引きされた朝日。運命とみかんハートを考える。

“運命” を多用する男はドルチェ&ガッパーナの香水男子。ナンパ師と手相占い事件簿


「これ、運命だと思うんだよね~。」
あほか。運命なんて言葉を口からぽろぽろ垂れ流すんじゃない。
新宿を歩いていると必ずいるナンパのひょろメンたちは口を揃えてこんなことを言う。ナンパで “運命” を安売りする奴はきっと、ワンチャン目当てで元カノに連絡しちゃうことをドルチェ&ガッパーナのせいにするような人間であろう。

そんな “香水男子”(勝手に名付けてごめんね。曲は好きだよ) がはびこる新宿で出会ったひとりの男の子は、運命なんて言葉を使わず、まるで元から知り合いだったかのような雰囲気を纏って私に近づき、不思議な魅力を放っていた。

話を聞いてみると、バックパッカーで世界を旅した後ベルリンに在住しているがコロナの影響で一時帰国しているらしく、話くらい聞いても良さそうだなあと思い、カフェに入った。
様々な国の話や、ベトナムの話、一番怖い旅の体験などを聞く分には自分の利益となる時間が過ごせそう。彼は食事制限をしてるらしくコーヒーにしか口を付けないので、勝手にサンドイッチをむしゃむしゃ食べた。


サンドイッチを食べきり、口についたマスタードを丁寧にふき取っている最中、会話が途切れたので、次は何を言い出すかな?と彼の眼を見ると
「手相を見てあげるよ~。」
と言い出したのだ。でたよ。お前も結局安易な香水男子か。と思いつつ、半信半疑で両手を差し出してみることにした。
すると、彼は私の手相を見るなり顔色を変えて
「うわ。ますかけ線じゃん!!」
と、後ろの席のサラリーマンが振り返るほどの声で言ったあと引き気味に
「俺、引き寄せちゃうんだよね。」
と伝票をちらっと見たのだ。




え!?そんなやばいやつ!?すぐさま帰りたいほどの手相持ってるやばい奴なん私!?




伝票に伸びた手と、さっきまでの意気揚々と過去を語っていたはずの顔を交互に見ながら、
「ますかけ線ってなに!?」
と言っても、彼は答えることなく、何の気なしな会話をして別れたのだった。


Google先生に聞いてみると、このますかけ線。通称「天下取りの相」と言われ、頑固で苦労を苦に思わない・波乱万丈の人生を生きる変人気質な性格を持っているらしい。豊臣秀吉や徳川家康、石原慎太郎やイチロー、木村拓哉や明石家さんまなどの “男性” が持っている相である。
そう・・・男性。男性が持っていたらそりゃもう、男らしくて仕事にメキメキ個性を生かし天下を取るであろう。だがしかし、私は手相を見られた時、
「ナンパした女の子」であり「今夜ワンチャンアルカーナ」な女の子なのである。


輪をかけて、私はそのますかけ線が両手にあるのだ。
1000人にひとり。その性格は両手分、すなわち二倍になるのだという。

どんな仕打ちに合うのだろうと逃げて行った彼に、何だか複雑な気持ちでいっぱいになった。
(私けっこう優しいのにな~)



占いを引き寄せて分かった “私の運命” みかんハートで大号泣できる朝日


これは先日起きたプチ事件の一部始終である。まったく、手相を見ただけでその場を切り上げられるなんて失礼な話なのだが、これをきっかけに私は
“占い” に興味をそそられるようになった。
というのも、スッキリ!やめざましテレビの今日の運勢などの “未来に対する占い” には全く好奇心をそそられないのだが、手相や生年月日での “本来持ち合わせているものに対する占い” には、今後の行動指針やある意味で背中を押してくれるヒントくらいにはなる気がして、見てもらってもいいかもしれないという気持ちになったのだ。

そんな時に引き寄せてしまうこの私。算命学という占いを勉強中という人物に出会った。この算命学というのは生年月日でその人の運命を占うものらしく、性格や持ち合わせたものによるこれからの運命、良い時期や悪い時期を当てるものらしい。


その人にも勉強段階ではあるが、「波乱万丈・苦労を伴う・恋愛より仕事・結婚に向いていない」などと言われた。
ふたつの占いで言われてしまえば、もうぐうの音も出ないほどに思い当たる節がある。きっと仕事に熱中して女性の人生におけるイベントなどに目もくれず突っ走った先にはそれなりの結果を出せる可能性の秘めた人間なのかもしれないな、と少し仕事を頑張れる後押しになる言葉であった。


が、それと同時に思い浮かんだことがある。


自分の持ち合わせているであろう “運命” に相反した出会いについてだ。




最近話題のみかんハートに出てくる「出会わなければよかった」なんて言葉を本気で思わされる人との出会いによって、私の人生は価値観も生き方も大きく影響され変わっている。



最大級の目標を失った日々。その代わりに見つけたこと。

20代中盤が12日をもって開始されようとしている最中にいる私の大きな課題は、
「毎日平均点をとること」だ。
10代から20代前半は常に自分の中で最大級の目標があった。小3から始まった受験勉強は中学・高校・大学受験と続き、9歳から1年に一回あるダンス公演、大学時代は実技テストやオーディション。
そこで100点を取れるように頑張ればそれ以外の日々は全部準備でしかなかった。悪い日でもいい日でも、“本番” に向けられた積み重ねだと思えば、ダメージは少ない。
けれど、このコロナ禍でいよいよその生活との縁切りを決めた。
安定しなくても、刹那的でも、計画的にいかなくても“本番” の日のための日々に過ぎないという暮らしは叶わなくなった。何故なら定期的に訪れる “本番” が無くなったからだ。


私は手相や占いにもあるように、毎日同じことを繰り返すより夢を追うことの方がよっぽど楽な人間なのだと気づいた。

それはきっとひとりでは気づかなかった。出会いがそれを気づかせてくれたのだ。


その出会ったひとに言われたのが、
「今までのように0か100ではなくて、毎日60点を出せるようになること」
これは私にとって雷に打たれたかのように衝撃的な言葉で、簡単そうに思えていたこの課題を達成することがいかに難しいかを知った。


きっとこの出会いは、手相を授け誕生日を設定した神様にも予想できなかったことなのではないだろうか。
だって、それを知らずにいた方がずんずん我が道を進める性格なのかもしれないのだから。
その出会いと関係をつづけた先にある未来は、神様が私に授けてくれたであろうものには、なり得ないかもしれない。
これはきっと運命なんかでは到底ない。

でもきっと。その運命通りに、仕事や自分のこれだ!と思うことを突き進んで生きる私は、仕事から帰ってきてひとり虚しくたまに枕を濡らしながら睡眠不足に悩まされているかもしれない。
それと引き換えにこれから選ぼうと、持ち合わせたものに逆らって生きているのかもしれない今の私は、辛いことがあっても一日一回おなかを抱えて笑わされ、毎日自分の作るご飯にほっぺたを落とし(たまに味が濃すぎるが)
一日の終わりに英語で日記を書いている。(日記なんて続いた試しが無かった)
末尾は『I love me today too.』 今日を生きた自分を褒めて愛してあげるのだ。



運命は本当にあるのかもしれないと、人間が生きるであろう人生はしっかり神様に組み込まれているのかもしれないとも思う。
でも、占いでいくら「あなたはこんな人ですよ。こんな風に生きるのが上手くいきますよ。」と言われたところで、未来を選び生きるのは私なのである。
結局、持ち合わせた運命をどう使うかは自分次第で、今の私はいうとそれを全力で使い切る未来を選ぶ予定はない。



けれど、それでも私は幸せだし私自身が選んだ未来で神様が私に持ち合わせてくれた何かを使う時が来るかもしれない。


私はそっと手相占いの予約をキャンセルした。



そういえば、今現在持ち合わせたものを活用して生きているところはある。


ますかけ線を持つ人は、好きになった人に一途らしい。
良い手相をありがとう神様。なんにせよ、私は幸せに生きられそうです。

今日も寝る前に日記を書くだろう。末尾は絶対

" I love me today too." だ。



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