国によって違う、文章への向き合い方について

文化、お作法、相手が思ったこと、感じたこと、相手の事情を知らないで話すことに、迷いがある。

文章に迷った時、オフィスで「新しい文章力の教室」を読んでいたら、台湾国籍の同僚に「そういうの読むんだね」と話しかけられた。台湾では、文章力にまつわる本はどれも日本語からの翻訳で、台湾人はあまり気にしていないという。読むとしたら、キャッチコピー力や企画力をあげる本なのだそう。

そういえば以前タイ語の編集者とインドネシア語の翻訳者と話していた時も同じことを言っていた。恐らく日本は、「綺麗な文章を書くこと」に対してとても敏感な国民なのかもしれない。

仕事で翻訳された記事の編集をするとき、迷うポイントがいくつかある。構成が読みづらかったり、一文にいくつも情報が入っていたり、唐突に話が変わってしまったり。日本では文章を「正しく書く」や、「わかりやすいように書く」ことが大事で、そのために構成はどうするか、文中の表記に揺れはないかなど書くうえで大事なポイントがたくさんある。それにまつわるノウハウ本も数えきれないほど出ているし、基礎の"き"だと思っていた。

けれど国が違えば、それは記事を作るうえであまり関係ないことで、ライターらしさや観点、それを取り上げたい魅力があれば問題ないのかもしれない。

他の国の文章講座とか受けてみたいなぁなんて思いながら、今後翻訳される言語に思いを馳せて記事と向き合っている。翻訳、奥が深い。

最後までありがとうございます!いただいたサポートは、元気がない時のご褒美代にします。