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「今到着しました」が英語で言えなかったカナダ留学初夜

大学1年生の春休み、カナダのトロントへ3週間の語学研修に行った。海外経験はほぼ皆無。けれど不思議と緊張は無かった。浪人時代は英語強化の予備校に通っていたし、大学受験を乗り越えたんだもの、それなりにできるだろうと得体の知れない余裕があったからだ。

搭乗予定の便は成田で出発が遅れ、現地には1時間遅刻で到着。エージェントで手配してくれた送迎ドライバーに連絡しなくちゃと、現地での連絡先が書いてある紙を取り出し電話をかけた。

だが、受話器から「Hello?」と英語が聞こえた瞬間に、心臓以外のすべての機能が停止した。

なんて言えばいいのか、さっぱり出てこないのだ。

電話の向こうからは「Where are you? I'm waiting……」と次々に英語が発せられてくる。

私は沈黙を貫く。いや、貫かざるを得ない。

「今到着しました。まだ空港の中です。」と、日本語なら流ちょうに出てくるのに、英語へ一切変換できないのだ。

精一杯ひねり出した単語「now...inside」を繰り返すと、恐らく何かを感じ取ってくれたのだろう、出口で待ってるからと言われ電話を切った。

雪の積もる夜の街をホストファミリーの家に向かい、ボディガードのようなカナディアンとドライブが始まる。住宅街だからなのか、雪のせいなのか、外はひっそりとしていて誰も歩いていない。時計を見ると午後9時、外の気温を図るメーターは、マイナス8度を指していた。

ホームスティ先ではホストマザーが玄関の外まで出てきてくれた。英語で話しかけてくるホストマザーにあっけにとられていると、ドライバーが「She is beginner.」とマザーに伝えていた。

リビングでホストマザーが紅茶を用意してくれ、「年はいくつ?」「兄妹はいるの?」と、中学生の時に習ったような英語でゆっくり、ゆっくり話してくれる。

私も「20 years old」「yes」と単語を発し、この時にやっと、”英語で会話”が成立したのだった。


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カナダ留学を振り返ると、初日の夜を必ず思いだす。

留学経験者がまわりに多く、海外で英語を話すことは”誰でもできること”だと、勝手に思い込んでいて、ここまで英語が話せないとは想像もしていなかった。

今となっては、当時の自分の英語力でよく行こうと思ったな…と、過去の自分にヒヤヒヤする程だ。

留学のことなんて何も知らないまま、私は「とりあえず行ってみよう」と突撃し、周りを英語で固め、気がつくと"出来ないなんて言ってられない"状況に追い込んでいた。

でも、それが良かった、と思う。

もちろん、事前準備をしていた方が現地で活動の幅も広がるし、事前にトラブル回避もできる。知らないで行くのが100%良いわけではない。だが、悩むことに時間をかけて動かないより、とりあえず動いてしまった方が、自分にできること、できないことがハッキリした。

自分と対象(この場合は留学)との能力的な距離を知り、その距離が長ければ長いほど踏み出すのが怖くなるなら、いっそのこと何も知らずに始めてみたら、あとは覚悟を決めてやるしかない。

”知らない”ということは怖いことだけれど、ある場合においてはかなりの強さを発揮する。

カナダ初夜は、「ここで3週間も生活できない…。なんで深く考えずに来てしまったんだろう…。」と落ち込んだけれど、今思えばその"過ち"が、今の私を作っていると言える。それは多分、きっとそうだ。

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