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観劇記録「六本木歌舞伎 羅生門」

3月上旬、市川海老蔵さん主宰の「六本木歌舞伎 第三弾 羅生門」を観てきました。

遅ればせながら感想を記録しておきます。
※ネタバレを含みます※

伝統芸能である歌舞伎において新しい試みに挑戦していこうという興行で、過去には寺島しのぶさんをゲストに迎え、「女性は歌舞伎に出演できない」という常識を覆す取り組みも。

今回は、芥川龍之介の著名作「羅生門」が一つのテーマ。そして同じく羅生門を舞台とした、渡辺綱の鬼退治伝説が融合した構成です。

羅生門は、中学生の頃に課題図書で読んだきり。あらすじもすっかり忘れていたので、観劇前に少し予習していきました。

災害や飢饉に見舞われ、すっかり荒れた平安京。主から暇を出され、行き場をなくした下人が羅生門へやってくる。
そこで下人が見たのは、死人の髪を引き抜き金にしようとする老婆の姿だった。

生きるための必要悪を取るか、餓えてもなお己の矜持を守り抜くか。人間のエゴイズムが主題の作品と言われています。

短編ものなので、これをどう膨らませるのかなぁと期待して行きました。

the歌舞伎!の技に圧倒される序盤

舞台は仲間の仇打ちを狙う鬼、茨木童子(市川右團次さん)と渡辺綱(市川海老蔵さん)の戦いから幕を開け、歌舞伎ならではの立ち回りやダイナミックな毛振りに一気に引き込まれます。

ぴたり、と一点に軸足を置いて少しもブレずに高速スピンする技にはただただ圧倒されたし、「ババン!」と木の板を鳴らすツケも歌舞伎に来たな〜!とわくわく感が高まります。

素人感覚ですが、考えてみれば芥川の羅生門は場面転換がほぼないので、それだけで歌舞伎としての「魅せどころ」を作るのは難しいんですよね。だって老婆とのやり取りの中でいきなり見得を切るのってちょっと考えづらい。笑

やはり歌舞伎は大げさなくらい感情表現を誇張して動きを大きく見せる、というのが一つの特徴だと思います。

芥川の羅生門は外せないテーマだけれど、人が葛藤する時の心の動きって結構繊細だから、もしかしたら歌舞伎で表現するには難しいのかもしれない。

序盤に「鬼vs渡辺綱の戦い」というシーンを組み込むことで、一気に観客を引き込む見せ場をうまく作っているように感じました。


三宅さん登場&大笑いさせてもらった中盤

続いて場面は羅生門へ。客席通路から下人(三宅健さん)が登場。なにしろこの日は花道から数メートルという神席を引き当ててしまったので、とにかく近い!

みすぼらしい格好でもなお隠しきれない三宅さんの横顔の美しさよ…!と思わず見惚れてしまう私でした。

下人の気だるそうな雰囲気、投げやりな態度などは、普段アイドルとして活躍されていることを思わず忘れてしまうほどのリアリティある演技でした。

原作での下人は老婆から着物を奪いその場から逃げ去るという設定ですが、今作では勢い余って老婆を殺してしまうという、より罪深い存在として描かれています。

その後すぐ茨木童子によって下人自身も殺されてしまうことに。

ゲスト枠の三宅さんが演じる役どころなのに…?!とちょっぴりドキドキしますが、下人の死後からがこの作品の面白くなってくるところ。

まず、突如現れる市川海老蔵さん(本人役)との掛け合い。舞台を牛耳る海老蔵さんの一存でこのあと下人を転生させることになるのですが、しばしのフリートークが挟まれ客席も和やかに。

そして舞台上での早替えを経て、下人は渡辺綱に仕える家臣、宇源太に転生。きりりとした格好になり、三宅さんますますかっこいい…。

そうそう、見せ場でたびたび「よっ!ミヤケ!」と大向こうから掛け声がかかっていたのもファンとしては嬉しかったです。

舞台中盤は、渡辺綱が斬り落とした鬼の片腕を巡る騒動。今度こそ人生を全うしたいと、片腕を守る任務に張り切る右源太と、何とか取り返そうと廓の女将に化ける茨木童子。

歌舞伎ってどこで拍手していいのかポイントが分からなくて、結構周りの様子を窺いながら…という場面もありましたが、このパートは自然と笑いが起きることが多かったですね。

遊女たちが「あんたたち古語で何言ってるか分からないわ!」と言えば、それまでいかめしかった右團治さんたちが急に「僕達、こういう理由でここに来たんだけどね、・・・」と現代語訳してくれたり、グッズ宣伝を織り込んだりとかなり笑わせてもらいました。

そして鬼たちをなんとか振り払いホッとした隙をつかれて、右源太はまたもや茨木童子に殺される運命を辿ります。

で、また出てきてくれる海老蔵さん。今度は神様(=お客様)にもう一度転生のチャンスを下さいと頼むことに。

客席のリクエストに応えるコーナーとなっているようで、この日は三味線に合わせた志村けんさんのダンス、スリラーなど踊ってました。はける時にムーンウォークなんかもしてて三宅さん乗ってましたね。笑

二度目の転生〜主題に迫る二幕

二幕ではふたたび下人として転生し、ふらふらと羅生門にたどり着く冒頭のシーンが繰り返されます。

転生を経て考えが変わったかと思いきや、結局同じように老婆から盗みをはたらく下人。

そしてやはり茨木童子に襲われてしまうのです。

原作では、老婆との短いやりとりの中で「生きるためにどう行動するのか」という大きなテーマが突き付けられ、展開が性急な印象でしたが、本公演では「人生やり直せたら人はどう行動するのか」という新たな視点での問いが投げかけられたように感じました。

原作を読んだ時は「人ってこんなに短時間で罪を犯す決心をしてしまうものなのだろうか?」と少し違和感がありましたが、また同じ事を繰り返してしまったと悔やむ下人の姿は「分かっていてもついやってしまう人間の弱さ」そのもので、あまり他人事には思えませんでした。

下人を転生させるという筋書きは、歌舞伎初心者が見ることを意識した構成であるだけでなく、原作のテーマである人間の弱さをより際立たせていました。

おわりに

歌舞伎といえば日本の代表的な伝統芸能で、しきたりも多く取っ付きにくそう…というイメージもありましたが、六本木歌舞伎ではそんな印象が見事に覆されました。

「かぶき者」とも言うくらいなので、本来は「流行を取り入れながら発展していく」のがルーツなんですよね。

単に奇を衒うということではなく、歌舞伎という伝統を守りつつ笑いの要素も取り入れるという計算し尽くされた芸術でした。

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