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よくあるご質問

わたしが卒業した哲学科について。
前置きするなら、学校によっても、教員によっても、年代によっても異なる部分はあるだろうから、一例として読んでもらえたら幸いです。

何をするところなのか?


ってよく聞かれるけど、わたしからしたら他の学科でも何するんだよ?と思う。哲学科だけが変わってて、不透明な学科じゃないよ。

まず、哲学の歴史をざーっと学びます。

ざーっとというのは、あまりにも歴史が長すぎて、たくさんの学者がいて、とても数単元では教えきれないから。だと思う。
あんまり覚えてない。わたし、不真面目だった。深く掘れば掘るほど、おもしろいんだよ、本当は。掘らなくても卒業できるけど……。

歴史、というのは古代ギリシアにいた、"〇〇"という人が"〇〇についてどのように考えていたか"、を確認する。初期の頃なんて『書き残す』ことがまだ広まっていなかったから、後から弟子や誰かが書いた物。

そして命題。
『書き残す』という行為にどのような意味があるか?

現代人からすれば、当たり前かもしれない事にも、疑問が投げられます。しかも、この答って出ているんだろうか……。

当時は口伝に重きが置かれていたり、とか。"記述"への考え方、とか。
これには時代ごとの背景も関係があります。非常に色濃く出ます。時代を追うごとに、既出の考え方が増えていく分、可能性も広がります。時代が自由になればまた、広がります。


そして、歴史の中である程度の期間を定めて、哲学者を絞って、学びます。この時期に、この人を師としてこの人達が学びながら、こんな考えを持ちましたよって。古い時期には師弟関係が多くありました。ここに口伝が関わってくるのですね。
彼らが書き残した書物は、結構読みにくいです。翻訳によっても異なる。読みにくいので、みんなで考えて、わかりやすくまとめ直す。発表という形もあります。この時、哲学者の考え方について、もう一度自分たちが考えた時、『正しい』のか再考します。
ここで時代背景の差が加味されます。男尊女卑や奴隷制度が"ふつう"だった時代。哲学者は男性がほとんどで、もちろん奴隷などではない立場……。
これは古い古い時代のお話ですので、近代になればまた変わってきますね。

哲学科だからって、哲学専門ではありません。美学や宗教、数学や宇宙の講義も受けました。副専攻で会計学を組んだので、経済学部の講義も。もちろん各文学・各学部なんでも、資格用の講義も受けられます。(ステマ)

そもそも海外では『哲学』はあらゆる学問の、基底部であると位置づけられている、らしい。


まあ、そんなこんなで過ごしていくと、やってくる
『卒論』

担当する教授によって自由度が異なりました。わたしは最も自由な方につきます。なぜなら書きたかったことが、
『鋼の錬金術師』と哲学だったから。
あるいは
『西尾維新』先生と哲学だったから。


本当に書けましたよ。甘いのかもしれませんが、自由も含めてこの学科のいいところ。と思ってる。すっごい提出期限間近に一度だけ見てもらって、「論文じゃないけどOKです」。たぶん小説か何かだったんだろうね。
先生は資料も集めてくださって、「わたしにはこれくらいしか」と仰っていたけど、とても助かりました。


哲学は考える学問。なんにでも疑問を持つ。疑ってみる。すぐに答えを知りたいけれど、
答は本当に在るの?
『今』の『あなた』にとって正しいものは、『未来』の『あなた』にとっては正しくはないかもしれない。
『自分』の正義と『あの人』の正義は一緒なの?
『正義』はほんとうに『正しい』のか。『正しい』は良いことだろうか?

『答』は『正しい』?
『答』は一つ?

自分の中で答えを『答』だと定めてしまったら、わたしは、哲学は終わってしまうと思う。何度も繰り返し考え、様々な方向から再考し続けることが、哲学の楽しさだと思っている。

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