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子供を褒めて育てた結果。

我が家の一人娘は、社会人1年生として、毎日残業を嫌がらずに、土日も家にはおらず飛び回り、とても充実した毎日のようです。
親としては、体を壊さぬようにと心配はしておりますが、あれだけ楽しそうに日々過ごしているなら私も幸せです。

私は娘を叱ったことがあまり記憶にありません。
無茶なことをする子供でなかったこともありますが、叱ったというより注意したこととして、

危険なこと
人を傷つけるようなこと
自分を大切にしないようなこと
自分の利ばかり優先しようとすること

そんな場面のときに話し合っていました。

味噌汁をひっくり返してこぼした時も、
まずは火傷をしていないかと体の心配をしました。
ただ注意散漫でひっくり返した時は、味噌汁をひっくり返したことを注意するのではなく、注意散漫になっていたことを注意しました。

注意するよりも褒めることのほうが多かったと思います。
それも、結果を褒めるのではなく、過程を褒めることばかりしていました。
テストの結果が良かった時も、悪かった時も、
「頑張ったもんねー。よくやったよ!」
と褒めていました。
部活で熱中症で試合に出れなくなっても
「大変な中、精一杯やったんだね」
と労ったり。
そして、よく「ありがとう!」と娘に言ってた気がします。

そんなふうに娘と接していた結果、
娘は、自分も周りの人も大切にする人間になりました。
決して気の強い人間ではないのですが、自分の意見を大切にするようになりました。意志がしっかりしていると良く言われます。

褒めて育てる、と一概に言っても、褒め方にポイントがあると思います。

私はあまり自尊心がありません。
私の兄弟が三人ともそうなので、多分育った環境だと思います(笑)。
母には申し訳ないけれど、褒められ方が良くなかったんだと思います。
私は「結果」で褒められて育ちました。
長女だから何でもできると思われて育ちました。
できて当たり前、と。
テストの結果が自分なりに良かったと思っても、
「まだまだこれじゃ足りないんじゃない?」と言われてみたり。
一緒に母とカラオケに言っても、
「まだまだ、上手いとは言えないね」とか。
私は何をしても、認めてもらえない感覚がありました。
そんな感覚は成人になった頃に爆発しました。

だから娘に対しては、

今ここに存在するだけでありがとう

という気持ちを常に持って接していました。
頭ごなしに感情的になることもありましたが、少し時間が経ってから話し合い、私の気持ちを伝えました。娘の気持ちも聞きました。

我が家は一人っ子だったので、きちんと娘と向き合うことができたのかもしれません。
兄弟がいたらだいぶ違っていたかもしれません。

私は母に、「育て方を間違えたかな」と言われたことがあります(笑)。
私がぐちゃぐちゃになったことがあったのですが、皿やお茶碗が飛んできてそんなふうに言われたことがありました。
育て方に間違いなんてないと思います。
私に寄り添うことができなかっただけです。

私は自分がされて嫌だったことはしないようにしてきました。
その結果、娘をうまく褒めてやる気を伸ばしてきたように思います。

今、娘が社会人として元気に毎日成長する姿を見ていて、本当に良かったなぁと感じる日々です。
親は見守り応援する立場。
ずっと死ぬまで親なので、
娘の幸せと人間的な成長を願いながら、
私の魂も成長できたらなと思います。

大人になった娘でも、今でも褒めている気がします(笑)。
そして、娘は私を褒めてくれます(笑)。
自尊心が満たされます^_^

子供の褒め方が分からなかったら、
今ここに生きていてくれることを褒めたらいいと思います。
存在を褒めたらいいと思います。
私もそうして欲しかったから。





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