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出逢うべくして


 七月にインスタグラムにもアップしたのですが、
初めて訪れた神宮前にあるメガネ屋さんでアナログ盤のビートルズが流れていて、それがとても素敵で「いいですね!アナログ盤」と言うと、
30代くらいの彼は

「嬉しいです。レコードは僕の私物なんです」

って、本当に嬉しそうに仰ったので、メガネそっちのけでスグに音楽の話に花が咲きました。
 こう言った時の典型的な会話の入り口で、
「ジャンルは何が好き?」
「音楽、なんでも好きです。家には沢山レコードがありますよ」
「ヘェー、そうなんですか」
と、まぁ、ここまではフツーですよね? でも、ここからあとのお話があまりにブラボー、嬉しかったのです!

「日本の古い歌謡曲も聴きますよ。江利チエミって知ってます?」
 あまりに突然、この若い方の口から江利さんのお名前が出て来たのでビックリするやら嬉しいやらで、私のテンションは一気に上がり、

「知ってるも何もアナタ! 私も江利チエミさん大好きですよ!」
 
すると彼のテンションももっと上がって、

「嬉しいなぁ! 知っててくれて。江利チエミ、最高にカッコいいですよね。JAZZもいいけど、<さのさ>とか知ってます? メチャクチャいいですよ!」
 
誰に言ってんだよ〜って感じですが(笑)。
 でも、カワイイのが、彼が言った<さのさ>のイントネーション、全然違っていたので私は一瞬、<さのさ>を<サルサ>と聞き違え、

「ヘッ? 江利さん、サルサも歌っていらしたの?」なんてトンチンカンなことを頭の中で考えていたりしたら、
「僕、江利チエミのLPレコード何枚か家にあるので、今度店に持って来ておきますよ」と言って、次に仕上がったメガネを取りに行った時には、私も持っていない江利さんのアナログ盤を嬉しそうに見せてくれました。
 いやー、本当に嬉しかった! こんなお若い世代の方から江利さんの歌の素晴らしさを力説されて。

 それで思い出したのだけれど、私が本気で江利チエミさんの音楽、歌を聴くようになったキッカケも、一人の若いアーティストの力説からでした。
 もう、ずいぶん昔のことですが、ボイスパーカッショニストの北村嘉一郎さんの紹介で、ペルー出身のミュージシャン、エリック・フクサキ君と初めて会ったとき、当時まだ20代だった彼は日本の演歌はカッコいいと言い、私に「江利チエミさんって知ってますか?」と聞いたのです。

 ペルーからやって来てまだ間もない若い男の子にそう聞かれて大笑いしたのは最初だけで、あとは目からウロコなことばかり。ラテン文化の中で育ったエリックの感性に江利さんが歌うJAZZやラテン、そして、日本の歌謡曲が最高にカッコ良く響いていたのです。一方、私は、江利チエミさんと言う歌手をただ知っていたに過ぎなくて、エリックの方が、江利チエミさんの音楽性の素晴らしさを充分に理解していたと言うことです。

 その時、ギターを弾きながらエリックが歌ってくれた
「奴さん」と「El Reloj(時計)」

そして、「江利チエミさんのような歌手が、日本に行けば居るのだと思って来たらいなかった」と笑ったエリックの言葉が今も忘れられません。
 
エリックの言う通り。
 
江利チエミさんのような歌手は、今の日本には残念ながらいないと私も思う。

 でもね、エリック。遅れ馳せながら、エリックと同じく江利さんに憧れて、「その世界に近づきたい」と願ってる歌手、ここにいます。

2022年8月 MFC202号 エッセイ「心の中の旅」より


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