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水曜日の本棚#32 さよなら、俺たち

「恋バナ収集ユニット・桃山商事」としての著者は、コラムやインタビューなどを通して知っていたけれど、本を買うのは初めて。本好きの方がソーシャルメディアで紹介していたのを読んで、おもしろそうだったので買って見ました。

1200人を超える恋バナ(主に女性の)を聞く活動をしていくなかで、相談者の話のなかに登場する男性たちの幼稚だったり狡猾だったりする言動に疑問を持ち始め、やがてジェンダーに関心を広げていく−。これって、「恋バナ収集」という入り口こそユニークだけど、「相手の話を聞く→そこで知った自分を含むマジョリティ側の言動に疑問を持つ→学びを広げて、自分を省みていく」としたら、すごく理想的な自分アップデートの方法だなと思う。自分の周囲のことを「学問」というツールを使って解析できるって、人間に与えられた知恵だ。それがいわゆる当事者研究、なのかもしれないけれど。

変わっていく、そして変わらなければいけない時代のなかで、「俺たち」はこのままでいいのか。甘えや油断、無知や加害者性など、自分の見たくない部分と向き合いながら、「俺たち」にさよならするときなのではないか。そう言って、自分の恥ずかしい過去ややっちまった経験を俎上にのせながら、ジェンダーを自分のこととして語る著者に、「ふわー、ここまで書いてくれるの」と思いながら読んだ。なかでもそうだよな、と膝を打ったのは、こんなところ↓

無自覚とは言い換えれば「言葉で捉えられていない」ということだ。そこにはなんらかの動機や理由があるはずなのに、言語化されていないため「ないこと」になっている。それが無自覚の正体ではないだろうか。なぜ言語化されないのかと言うと改めて考えないからで、改めて考えないのは、問われたり注目されたりすることがないからではないか。(本文より引用)

マジョリティ側の「無自覚」な言動が問題になるのは、セクハラやパワハラ、差別などにも共通すること。無自覚でいられるってことはそこに特権があるからなのだ。

自分も場合によってはマジョリティに入る。そのとき、こんなふうに真摯に向き合えるだろうか、とちょっと考え込みながら本を閉じた。

失恋、家事、性的同意、風俗、夫婦別姓、マンスプレイニングからコロナ離婚まで、様々なテーマを取り上げていて、気になるところだけ読むのでもおすすめです。

◇Special thanks to Kyokoさん◇
今回取り上げた本「さよなら、俺たち」は、先月Kyokoさんにサポートいただいた分で購入しました。じつはこの本自体、彼女がSNSで紹介していておもしろそうだな、と選んだもの。本について話すインターネットラジオ番組までされているKyokoさん、ありがとう!

(Kyokoさんと夫さんのインターネットラジオ番組です↑)

#本 #書評  

Thank you for reading!