助手席に乗ることがイベントであった頃
薄いブルーが滑稽なほどに可愛い小型車で、その日彼は約束の場所までやってきた。
卒業まえにローンを組んで買ったばかりだというその車は、たぶんまだわたし以外の誰かを助手席に乗せたことがない。
3月の京都はまだまだ分厚いコートが手放せない寒ささだが、もう間もなく訪れるはずの春が、すぐそこに連なる小さな店々の品揃えに香っていた。
「ちょっとお金下ろしてくるわ」
助手席に乗りこみシートベルトを締めたわたしと、入れ違いでコンビニに向かった彼。
手持ち無沙汰の時間を埋めるように助手席側の日よけを下げ、そこについた小さな鏡で口紅を直しながらふと思った。
−これ、昔、映画か何かで観たことある。
男が運転する車の助手席に乗り、日よけの裏の鏡でおもむろに口紅を直す女。
「ザ・女!」という感じがして子ども心に印象に残っていたあの場面と、今や自分が同じことをしてるなんて。
−大人になっちゃったんだなぁ。
寒そうに肩をすくめながら駆け足で車に戻ってくる彼を見ながら、まだ20歳のわたしは思ったんだ。
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