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電車に飛び込みたくなる前に『風は西から』を読んで欲しい

村山由佳さんは、読者を甘やかさない。
今ある問題、人生において起こりうる問題にスポットを当てる。彼女の作品には、肉も切るし骨も断つ、生々しさがある。

分かっていたはずなのに、つい軽い気持ちで手に取ってしまって、ガツンとやられた。『風は西から』。

就職活動を通じて意気投合したほのぼのカップルの健介と千秋。健介は大手居酒屋チェーンに、千秋は大手食品メーカーに勤める。
裏表紙にも帯にも書かれているのでネタバレではないとして書いてしまうと、健介は物語半ばで自ら命を断つ。数年前に起きた事件を彷彿とさせるような「過労自殺」が物語のテーマとなっている。(おそらく、読めば誰もが某企業を思い出すだろう)

息をつく間もなく一気読みして初めに出てきた感想は、こうだ。
「私も一歩間違ったら死んでたかもしれない」。

30代初め頃、主人公の健介と業種こそ異なるものの「忙しい店舗」で店長をしていたことがある。電車通勤をしながら、「飛び込んだら、明日起きなくていいんだな」と思うくらいには働き詰めだった。
今思えば、もっと休めたはずだし休んでよかったと思うが、当時は「私が行かないと(お店が回らない)」と思い込み、生活の全てを店に突っ込んでいた。

今思えば幸いだったのは、一度体調を崩して、どうやってもベッドから起き上がれなかったことがあった。その時は、仕方がないので上司に電話をして、半日休ませてもらってから出社した(ここで「半日」というところが私の余裕のなさを表している)。そこで何事もなく平穏に営業している店を目の当たりにして「あ、もっと休めるな」と正気に戻ることができた。
それがなかったら、もっと限界まで働き詰めになっていたかもしれない。

「電車に飛び込みたくなってから」では、自分ではブレーキが踏めなくなるのだ。私は身体が強制的にブレーキをかけてくれたけれど、体力のある人や責任感が強い人ほど、限界まで頑張ってしまうのではないかと思う。

社会問題となるような事件がいくつかあって、長時間労働については世間の目も厳しくなった。経営者の意識も少なからず変わった。この小説のような働き方をしている人は減っているかもしれない。でもゼロではないと思う。

だからこそ、「自分、ちょっと働きすぎかも」と思っている段階の人にこの物語を読んでもらいたい。初めのうちは共感、読み進めるうちに冷水を浴びるようなショックがあるはずだ。そして、自分の人生の舵を取ることについて、冷静に考えてみて欲しいと思う。

ラストシーンは一見爽やかだけれど、悲しい。
悲しさを悲しいままに描く村山さんは、やっぱり読者を甘やかさない。
けれど、だからこそ伝わるものがある。

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