無鳴クモ

言葉の捜索家

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  • 幻想ノ旅行記

    美しい奇病の街の旅行、人間の体内の旅行など、幻想世界の旅行記エッセイ・小説を書いています。日常の無機質さに疲れて「ここではないどこか」に旅立って癒しを得たい方におすすめです。”どこか一風変わった”物語の味をどうぞ召し上がれ。

最近の記事

時計屋の遺言

「時計の針には幻想が棲んでいる。11時20分は夜空を踊るバレリーナ、8時20分は親子が分けたアイスケーキ、10時40分は眠り続ける胎児、3時15分は世界の傷の治癒を祈る両手、4時50分は満月に梯子をかける星座屋、7時10分は背伸びをする小さな画家の少年。どうだい、言われればそんな風に見えるだろう」 年老いた時計屋は長い物語を聞かせるようにそう言った。アンティーク調の家具が揃う狭い部屋の中、チクタクと時計の針が世界の呼吸を刻んでいる。 「ものをよく見れば、そこには命が住んで

    • 海の手紙屋

      「こんにちは、患者さん。幻想水槽の間へようこそ」 案内人は鯨の死体の中から出てきた。鯨は細かいプラスチックが点描のように口の中から溢れた、芸術作品を思わせる風貌をしている。 私がぎょっと驚いていると「ただの食物連鎖ですよ」と軽口を叩かれた。食物連鎖?と首を傾げるも、案内人はすかさずどこからか取り出したパンフレットを私に手渡してきた。開いてみると「文字クラゲ」や「海の手紙屋」といった魚……?人魚や深海魚、浅瀬の魚たちが紹介されていた。 見慣れなさにきょとんとしていると、案

      • 星鯨の胎内

         鯨は一つの船である。  その中でも星の鯨、「星鯨(せいげい)」というのは、最果ての海を旅する沈没船である。  とある人間の少女は目を覚ますと星鯨の身体の中に居た。  なぜ星鯨の中だと分かったかというと、幼い頃に少女が読んだ伝説の内容とよく似ていたからである。  "星鯨の胎内には宇宙が広がっている"──大きな骨に棲みつく妖精たち、前後左右に広がる星々の長い夜、安らかな眠りにつく神々。いつか行けたら、と夢を見ていたが、まさか本当に叶うとは思っていなかった。彼女はどうして自

        • 終羽彩

           海で自殺した人は人魚になり、大地で自殺した人は花になり、飛び降り自殺した人は星になる。  花も水も何もかもが絶息した世界の中で、その言い伝えだけが希望だった。  生まれ変われば自分も美しくなれるのだ、と。  生まれ変われば自分も滅びゆく世界の装飾品にはなれるのだ、と。  少女は腰まである長い白髪を靡かせながら、意味もなく薄氷のような息を吐いた。心なしか薄くなった自分の両手を見る。やっと成功したのだ。何度目かに渡るあの世への渡航の挑戦が、ようやく実を結んだのだと気付いた

        時計屋の遺言

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        • 幻想ノ旅行記
          5本

        記事

          赤ちゃん洗濯機

           「赤ちゃん洗濯機」というサービスが爆発的な人気の高まりを見せている。産まれた赤ん坊の障害の有無や未来診断などをもとに、診断結果に大きな不安を抱いた親たちが赤ん坊を”正しく生まれ変わらせるために”利用するのだという。  世界はあまりにも発達しすぎてしまった。  その中核が未来診断だ。事故や殺害などで強制的に人生から退場させられたり、また生まれ持った何らかの障害によって人生が立ち行かなかったり、そういったことが出生時点で把握できるようになった。この世界において絶望とは虚無で

          赤ちゃん洗濯機

          法改正のために生まれた子供たちに会ってきた。

          法律は時として、凄惨な事件をきっかけに改正されることがある。 私が秘匿で訪れたのは、法改正のためだけに育てられる子供たちが暮らす施設だった。名高いストーリーテラーがいるのか、穴だらけな少年法(今は傷年法だが)・性犯罪法・幻刺法など、そういった法律の改正に働きかけられるレベルの悲劇のシナリオが施設では作られている。そのシナリオを演じる実際の役者になるのが、この施設の子供たちだというのだ。 ひたすら身体訓練を受けているのか、あるいはひたすら叱咤されながら勉強させられているのか

          法改正のために生まれた子供たちに会ってきた。

          神は流れた星の下で笑う

           三日月が花柳病に罹患した。  そんな悪夢を見ながら目を覚ませば、私はなぜか奇々怪々な繁華街で立ちすくんでいた。  「……?」  一瞬何が起きたか分からず辺りを見回すと、おおよそ現実では見たこともないような世界が広がっている。  ──豚と悪魔が料理を食い散らかす中華料理店、道を歩くのは地雷系の和服を着た妖狐、量産型の格好をしたキョンシー。そして、道端に転がっているのは幾つもの空き缶。街を埋め尽くすのは客の欲望を煽るネオンに満ちた看板。空き缶と看板は百歩譲って見覚えはある

          神は流れた星の下で笑う

          自殺して錠剤に生まれ変わったから、一生に一度の胎内旅行をしてみたときの話。

           お金がなかったから、処方されている抗不安薬を朝食にして空腹をごまかした。  外を見ればまだ空は暗い。  「こんな時間にどこ行くの」  寝室から母さんが起きてきて僕に言う。いつどんな時も僕の理解をしてくれて、頑張って働いてくれていた母さんだ。  「何って、仕事だよ」  僕は鞄を手に取る。  「……そう」  嘘だ。  これから僕は、死にに行くのだ。  「行ってきます、母さん」  もう誰にも迷惑をかけないために。 ──そうして僕は入水自殺をした。 その結果どうなったかというと

          自殺して錠剤に生まれ変わったから、一生に一度の胎内旅行をしてみたときの話。

          旅行先で異変を感じて文学病院を受診したら、衝撃の事実が発覚した話。

          純粋に、月の水槽の国で旅行を楽しむはずだった。 期間は3日間。◎月×日から▷日まで。 上司に怒られるばかりの毎日から逃れ、僅かな夏休みを楽しみたかったのだ。夜空鉄道の車窓からウェルカムサービスのように踊り舞う星座を眺め、始発から10番目の駅・夢の廃墟駅で降り立ち、そこの喫茶店で寒天ゼリーを食べた。看板メニューにあった美しい青の写真に目を引かれたのと、店員さんの「夏の間だけなんですよ」という言葉に乗せられたから。 ──しかし、これがまさかダメだったとは。 「貴方はいずれ物語

          旅行先で異変を感じて文学病院を受診したら、衝撃の事実が発覚した話。