見出し画像

キュビスムを薄めた何かについて

SNSで目にするアートの中には、キュビスムの表面的な特徴を模倣しながらも、その革新的な精神を欠いているように感じられる作品があります。このような作品の「うすさ」は、キュビスムの本質的な理解の欠如に起因しているのではないでしょうか。本記事では、キュビスムの特徴や影響を詳しく見ていくとともに、現代アートにおけるキュビスムの受容と問題点について考察していきます。
前半はキュビスムについてまとめています。後半は現代起こっている現象と鑑賞者として現代作品との向き合い方をまとめました。


[前半]キュビスムの誕生と特徴

おさらいとして、キュビスムは20世紀初頭に始まった美術運動で、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって先導されました。この革新的な運動は、絵画の描き方を根本から変え、従来の美術の約束事からの脱却を示しました。キュビスムは現代アートの礎を築き、絵画だけでなく彫刻やその他の美術形式にも大きな影響を与えました。

キュビスムの特徴は、対象を様々な角度から捉え、幾何学的な形に分解して再構成することです。画家たちは、物体の形を単純化し、四角形や三角形などの基本的な形で表現しました。この手法は、ポール・セザンヌの作品から影響を受けています。セザンヌは、物体を構成的に捉え、絵画独自の世界を追求しました。

キュビスムにおける物体の単純化
キュビスムにおける物体の単純化

ピカソは、セザンヌの革新的な視点を更に推し進め、複数の視点を同時に組み合わせることで、対象を断片的に分解し、画面を新たに構築しました。これにより、具体的な対象の描写から抽象的な形による画面の構成へと移行していきました。キュビスムは、グリッドを用いた構築的な画面づくりを追求し、美術表現の可能性を大きく広げました。

ポール・セザンヌの複数視点の構成
ポール・セザンヌの複数視点の構成
複数の視点・情緒を単純化し再構築
複数の視点・情緒を単純化し再構築

キュビスムが与えた影響

美術における素材の革新

キュビスムは、美術の素材の選択においても革新的でした。ピカソとブラックは、コラージュという技法を編み出し、絵の具以外の様々な素材を画面に取り入れました。これにより、日常的な素材もアートの対象になり得ることが示され、美術の概念が大きく広がります。

絵画の枠を超えて

キュビスムの影響は、絵画の枠を超えて、彫刻や建築にも及びました。ル・コルビュジエは、キュビスムの平面的な構成を建築に取り入れ、現代建築の基礎を築きました。また、ピート・モンドリアンは、キュビスムの抽象性をさらに推し進め、縦横の線と原色のみで構成された作品を生み出しました。

同時代の美術運動とキュビスム

キュビスムが登場した20世紀初頭は、美術の世界で新しい表現を模索する動きが活発な時期でした。イタリアでは未来派が、ドイツでは表現主義が、ロシアではアヴァンギャルドが展開されました。これらの運動は、キュビスムと影響を与え合いながら、独自の表現を追求していきました。

また、オランダではモンドリアンを中心にデ・ステイル運動が起こり、幾何学的な抽象表現を追求しました。これらの運動は、キュビスムと並んで、20世紀美術の多様な展開を示しています。

近代から現代美術におけるキュビスムの位置付け
近代から現代美術におけるキュビスムの位置付け

[デ・ステイルとは]
1917年にオランダで始まった美術運動です。この運動は、ピート・モンドリアンとテオ・ファン・ドゥースブルグを中心として展開されました。デ・ステイルとは、オランダ語で「様式」を意味します。
 ・特徴純粋抽象:完全な抽象表現を目指しました。具象的な対象の描写を排除し、純粋な形と色による構成を追求しました。
 ・幾何学的な形態:直線、正方形、長方形などの基本的な幾何学的形態を用いて、画面を構成しました。曲線や対角線は用いられません。
 ・原色の使用:赤、青、黄の三原色と、黒、白、グレーの無彩色のみを使用しました。これらの色を平面的に塗り分けることで、色彩の調和を追求しました。
 ・普遍的な調和:芸術を通じて普遍的な調和を表現することを目指しました。個人的な感情や主観を排除し、客観的で普遍的な美の追求を目指しました。

フランス美術の伝統とキュビスム

キュビスムは、フランス美術の伝統とも密接に結びついています。古典主義的な理性によって画面を秩序立てて構成する姿勢は、キュビスムにも受け継がれています。同時に、伝統的な主題と現代的な要素を融合させることで、新しい美術表現を切り開きました。

【伝統的な主題とは】
時代や地域によって変化し、芸術家たちによって絶えず再解釈されてきました。伝統的主題を踏まえつつ、新しい表現方法や解釈を加えることで、芸術家たちは独自の作品を生み出してきたのです。
 ・宗教的主題(キリストの生涯、聖母マリア、釈迦の生涯、ヒンドゥー神話の神々や物語など)
 ・神話的主題(ゼウス、アフロディーテなどの神々や英雄の物語)
 ・歴史的主題(戦争や戦闘のシーン、重要な歴史的出来事の描写)
 ・文学的主題(オイディプス王、ロミオとジュリエット、ダンテの『神曲』など)
 ・風景画(理想化された自然の風景、都市の風景や建築物)
 ・静物画(花、果物、食器など日常的な物品の描写)
 ・肖像画(王族、貴族、富裕層の肖像、芸術家の自画像)


[後半]キュビスム風味の作品たち

キュビスムの表面的な特徴のみを模倣し、その根底にある革新的な精神を十分に理解していないと思える作品に出会うことがあります。キュビスムは、単に物体を幾何学的な形に分解することが目的ではなく、従来の絵画の約束事からの脱却と、新しい表現方法の探求を目指した運動でした。

一部の作品は、キュビスムの形式的な特徴のみを借用し、その革新的な精神を十分に理解していないのかもしれません。キュビスムの上澄みをすくって作品を作ることは、キュビスムの本質を見失っている危険性があります。本当の意味でキュビスムは、その形式的な特徴だけでなく、芸術の在り方を根本から問い直す姿勢が重要であり、キュビスムの革新性を理解した上で、現代社会における新しい表現方法を模索することが求められます。

キュビスム風を見抜く5つの指標

以下の5つの指標は、キュビスムの革新的な精神を踏まえた上で、現代アートを評価する重要な視点となります。

アートを簡単に分析するフレームワーク
アートを簡単に分析するフレームワーク

1.作品のコンセプトと一貫性
・作品の根底にあるアイデアや思想は明確で、説得力があるか。
・作品全体を貫くコンセプトが一貫しているか。
・作家の表現したい内容と作品の表現方法が合致しているか。
2.技巧と表現力
・作家の技術的な習熟度が感じられるか。
・選ばれた表現方法が作品のコンセプトを効果的に伝えているか。
・作家の個性や独自性が表現に現れているか。
3.社会的・文化的な意義
・作品が制作された時代の社会的・文化的背景と関連性を持っているか。
・作品が社会的なメッセージや問題提起を行っているか。
・作品が文化的な多様性や価値観を反映しているか。
4.芸術的文脈との関連性
・作品が美術史的な文脈の中で、どのような位置づけにあるか。
・同時代の芸術動向と比較して、作品がユニークな視点を提示できているか。
・他の芸術ジャンルとの関連性や影響関係が感じられるか。
5.鑑賞者への影響
・作品が鑑賞者に新たな視点や思考を促すものになっているか。
・作品が鑑賞者の感情に訴えかけ、共感や反応を引き出すことができているか。
・作品が鑑賞者に余韻を残し、継続的な思索を促すものになっているか。

これらの視点を総合的に考慮することで、作品の深みをより多角的に評価することができます。ただし、芸術の評価は主観的な要素も強いため、一人ひとりの感受性や解釈の違いを尊重することも大切です。

また、作品は、まだ発展途上の段階にあることも考慮する必要があります。完成度の高さだけでなく、将来的な可能性や成長の兆しにも目を向けることが重要です。

結論

キュビスムは、20世紀美術に大きな影響を与えた革新的な運動であり、現代アートを評価する際には、その革新的な精神を理解し、作品を多角的な視点から捉える必要があります。SNSで見られるキュビスム風の作品の中には、留意すべきものがありますが、そのような作品も美的感性を磨く契機として活用できる可能性があります。現代アートとの対話を通じて、私たち一人ひとりが自分なりの美的基準を確立していくことが、アートを真に理解する上で重要なプロセスとなります。

執筆現在、日本でキュビスム展が開催中です。興味がある方は実際にキュビスム作品に触れてみるといいかもしれません。
京都市京セラ美術館にて2024年3月20日~7月7日開催。日本では50年ぶりの大キュビスム展。本場パリ ポンピドゥーセンターから50点以上初来日。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?