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切っても切れない縁というもの

最後に彼に会ったのは8年くらい前だったか。
”やっとあなたを見つけた”というテキストメッセージが来た時だった。
その前は… 25年くらい前に遡らなければならない。
一時期、人生の時間を共にした私たち。
パレスチナという国に生まれた人とアメリカで出会い、国の違いや彼が置かれていた困難な状況を一緒に見つめた時があった。
若い恋には終わりが来て、いつしか彼のことも思い出さなくなった。
私の人生は結婚、出産、離婚という曲線を描きながら、一人静かな時間を過ごしていた頃だった。

そのテキストメッセージはSNSを使って私を探し当てた彼からのものだった。
驚くことに、私たちは1時間半の距離に生きていた。
そのことを知った彼は、「今すぐ行く」と言ったけれど、必死で止めてとりあえず翌日にしてもらった。
指定されたレストランに行くと、あの頃より一回り丸くなった彼が大きな花束を抱えて入り口に立っていた。

いつもこんな感じで、最高のもてなしをプランする人だった。
私より1時間も前に来て、出すワインも食事の順番もすべて打ち合わせてあり、彼の演出どうりの完璧な再会の時間になった。
私たちは懐かしい昔話しをして、お互いの近況を伝えあった。
彼には今イラン人の奥さんがいて、かつて私たちが苦楽を共にしていた頃からの友人とレストランを経営し、私より昔に付き合っていたガールフレンドとその夫をも仕事に関わらせていた。
そのレストランをたたんで、奥さんの仕事が決まった場所へと引っ越した。
そこが私の住む街から1時間半の場所だったのだ。

「昔から君の居場所を探していたんだよ。奥さんとサンフランシスコを旅するときも、二人で君のいそうな場所を探したんだ。彼女には最初から君の存在を伝えていたんだよ。」
「やっと会えた。これで僕の人生のパズルはすべて揃った。」

それから毎日のように連絡が来て、レストランを予約しては私の街にやってきた。イランの新年だからと、息子と二人彼らの家に招かれ、美しい奥さんの歌を聞いた。

パズルのピースは彼にとって、とても大切なものだ。
大変だった若い時代に側にいた人の中で、唯一私だけがかけていたピースだったから、今からその空白を埋めていこう、これからの人生を支えようと彼が思っていることも知っていた。
でも私の人生はあれから180度変わっていた。
ライフスタイルも、食べるものも、着るものも、思考もすべてと言っていいほど変わった。彼に会うことで、強く確信したのだ。
私たちが会えば会うほど、過去の話以外にシェアできる話題は一つもないことを。

「これからは数年に一度くらいな感じで、お互いの安否を確認し合おう」
ある日私は彼にこう伝えた。
他に何と言っていいのかわからなかった。
彼からの返事はなかった。
それでいいと思った。

▫️▫️▫️

「君の街の周りで起きている大規模な火災で、君と君の息子のことをとても心配している。いいかい、君たちには僕の住むここに家があり、帰るべきハートもあるんだよ。」
突然携帯のメッセージが入った。
誰だろう? なに?
「ところで僕だけど」
8年ぶりの彼だった。
8年ぶりに安否確認の連絡が来たのだ。

実は去年、私の仕事のクライアントが彼と同じ街からやってきた。
「私の家は動物園の側なのよ。」
そう聞いた時、ふともしかして彼を知っているのかもしれないという思いがよぎったが、大都会にそんな偶然はあるはずがないと打ち消した。
ところが会話が進んでき、なんと彼女の口から彼の名前が飛び出した。
ありえないことが起こった。
数軒先に住んでいる人で、奥さん共々とても仲良くしているのよ、と言った。 なぜそんな会話になったのか、不思議なことだった。
「彼のこと知っているの。」
私がそう言うと、彼女は本当に飛び上がって驚いた。
「昔の彼氏なの。」
えー!こんな偶然は世界中探してもそうそうないよね!と彼女は言った。
こんなハワイのジャングルに、彼をよく知る人が訪ねてくるという偶然。
いや、偶然などというものはないとすると、私と彼の間には何らかの縁があるのかもしれない。
何度切ろうとしても繋がっている縁だ。

彼は仲良しのご近所さんが、私を訪ねてきたことを知らない。
言わないでくれとお願いしたから、彼女はそれを守っていた。
私が今ハワイに住んでいることを伝えると驚き、息子にいつでも頼るよう伝えてくれと何度も言った。

きっと彼は私がこの世界を去る日まで、人生の所々でこうして安否を確認し続けるのだろう。
君の場所はここにあるのだ、僕の胸の中にも、と言い続けるのだろう。
計り知れない縁というものがあるのかもしれない。
その縁の謎がいつか解ける日がくるのかと、今ふと思っている。

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