見出し画像

「ど」年末の居酒屋での発注エラーで、思いやりのかたちは人それぞれだと知る

あれは確か、社会人になって3度目の年末。

当時居酒屋の店長だった頃、コロナ禍とはいえ居酒屋はそこそこ忙しかった。飲食店に対する規制の合間を縫った期間だったのだろう。「隣は1席空ける」とか、「1テーブル4人まで」とか、そんな会社からの決まりごとを守りながら、現場の私たちはなんとか繁忙期をやりくりしていた。


今日1日の営業を終えて、賄いを食べ終えたアルバイトを見送る。店長はここからがもうひと仕事。誰もいない薄暗い店内のカウンターにひとり座り、iPadで発注システムを開く。チェーンの飲食店ではどこでもあると思うが、前職には発注や売り上げ、人件費などを一括で管理できるシステムがあった。

明日の予約を配席アプリで確認して「ようし、明日も売れるぞ……」とひとりニヤニヤしながら、椅子から腰を浮かして飲料の在庫を目視確認する。食材の発注は料理長がやってくれるが、酒などの飲料はホール社員である私の担当だった。明日届く分は、前日の深夜2時までに入力すれば納品される。
これを忘れると大変。もう本当に大変なのだ。20リットルの生樽(樽に入ったビール)を隣駅の店舗へ借りに行ったときは、二度と忘れるものかと心に誓った。ちなみに私は、車の免許を持っていない。これでもう、察してほしい。

いつも通り発注画面を開く。開く……。あれ、開かない?

どうやらシステム自体がおかしい。エラーのようなものが出て、発注画面の閲覧すらできないのだ。

私にも一応終電があるので(徒歩40分かけて帰ったことは何度もあったが)、いつまでも店にいるわけにはいかない。当時周辺の4店舗で構成されるエリアのグループLINEに報告すると、どうやら全社的にシステムエラーが発生しているようだった。3分ほどの時間差で、全社のトークアプリで「発注システムが使えません」と通知が来た。


この「ど」年末に、飲料が発注できないだと?


この事態に私たちは、もちろん混乱した。明日お酒が届かなかったらどうする。今の在庫だと予約の分すら持つか怪しい。近隣店舗とのやりくりにも限界がある。スーパーで買い足すとしても、生ビールは代用できない。

当時のエリア長から降りてきた指示は「発注内容を、酒屋さんに直接FAXで送るように」とのことだった。以前もこのようなエラーが起こった際、FAXで対処したらしい。

レジ下の引き戸からA4用紙を1枚抜き出し、発注したい商品名と個数を書き込んでいく。手書き発注なんて初めての経験。FAXを送る行為も、過去に一度あったかどうか(コンビニでFAXが送れることも、このとき初めて知った)。

酒屋さんもこの年末で大変忙しいだろう。この業態のチェーン店だけでも100店舗ほどある。もちろん酒屋さんは他社の飲食店とも取引しているわけで、可哀想なほどの負担がかかることは目に見えていた。

発注内容の書き方はよくわからないが、私はなるべく正式名称で商品名を書くようにした。たとえば「オレンジジュース」だけでなく「濃縮還元オレンジジュース」のように(正式な名前はもう忘れてしまった)。普段から正式名称を一言一句覚えているわけではないので、対象の飲料を検索したり記憶から引きずり出したりして、何とか書き上げた。酒屋さんは取引している飲料の種類が多い。酒屋さんの手を煩わせたくない。私なりの精一杯の配慮だった。

書き上げた後、一応確認のためグループLINEに写真を撮って送った。するとひとつ上の先輩から「冒頭にいつもありがとうございますとか、一言添えた方がいいよ!」と返信が来たのだ。

先輩は人の気持ちに敏感で、気にしい。忙しい酒屋さんに対して感謝の言葉を届けることが、先輩なりの思いやりなのだ。後から先輩と電話すると「よく飲料の正式名称覚えてたね!私忘れてて、省略して書いちゃった!」と言っていた。


ああ、そういえば先輩と私はいつも、思いやりや配慮のアウトプット方法が異なるんだっけ。


だから先輩は、感謝の言葉を伝えない私に対して「冷たい。人への思いやりがない」と思うだろうし、私は正式名称で飲料を書かない先輩に対して「親切じゃない。相手が困るだろう」と思うのだ。

私たちなりの思いやりや配慮はある。それがどのようなかたちに現れるかが違うだけでその違いを理解して受け入れて、一緒に補い合えればいいのに


ちなみにその次の日、飲料はひとつたりとも間違えずに全て納品された。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?