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書けん日記:27 希死念慮と戦う 悪夢という名のクスリ

先日。
買いものに出たさい、いつもの市場ではなく、近場にあるショッピングモールに出向いて買いものをしたら。
それほど混雑もしていない店内で、しっかりウィルスに罹患して翌日発熱、ひどい頭痛と肺の痛みに一週間ほど臥せってしまうという失態をやらかしてしまった不肖です……。
ふだん、あんまり出歩かない、そして外出もほぼ車という不精な生活で体がなまっていたせいか、ちょっとした人混みでもやられてしまう。以前、コロナにやられて以来、風邪を引きやすい雑魚体質に落ちてしまった不肖です……。

T氏「それな。体質じゃなくって、加齢。還暦間近。下天の内」
不肖「顔面への正論パンチは反則です、反則。信長公より長生きしてしまった恥の多い人生です……」

思えば、件のそのモール――
私の親戚筋のご老人に、80年ほど前の太平洋戦争中には帝国海軍の駆逐艦『雪風』――奇跡の不沈艦と呼ばれていたあの艦に乗って生還した御仁がおりまして……。そのお爺ちゃん、老後は畑仕事と趣味のカメラで日々を過ごし、昼過ぎに野良仕事が終わるとそのモールでお惣菜を買って帰って晩酌。という悠悠にして闊達な日々を送っていたのですが。
ある真夏の日、いつものように畑仕事を終えた爺ちゃん。意気揚々と、好物のお惣菜おつまみ、味のぶち濃いソース焼きそばを買いにモールの店内へ。自動ドアの中へ――入ったのですが。炎天下から、いきなり冷房ガン効きの店内に入った途端に、温度差にやられて スーッと ……お迎えが。苦しまなかったはずである、な大往生。
合衆国第7艦隊でも殺せなかった男に引導を渡したショッピングモール。そりゃわたしみたいな雑魚ならやられるわ、生命があっただけでも拾いものだったかもしれんね。……な、一週間でした……。

――余談ではありますが、この雪風のお爺ちゃんから。生前、色んなお話を聞いていた不肖。ちゃんとした記録や書籍には残らなかった太平洋戦争の数ページを、資料価値ゼロどころかマイナスの読み物として。
また機会がありましたら、何処かにまとめてみたいと想う所存であります。

閑話でした……。
思えば、こちらで以前。コロナだかインフルエンザだかわからん病魔にやられて、熱にうなされるままに書いたものを皆さんにお見せしてしまったのが、去年の11月末――
これから半年もたたないうちに、またやられてしまう雑魚体力。情けない。
T氏の言うように、私も加齢で焼きが回ったかと。
自分では、まだ体力あるつもりでも。仕事が昔ほどかっとばせない現状、そしてあっさり流感にやられる
現実が、私に「老い」を。老頭児ロートル の自分を、鑑よりもはっきりと見せつけてくる。
……そして。病で体力雑魚が、さらにクソ雑魚腹足類に。
……すると。病は、精神も――メンタルも、ズタボロにして弱くして。

――これはもう。死んだほうがマシなんじゃないか。私は。
――春になって、鳥が庭から野山に帰ったら。もう私はいいだろう。
――今自分が死ねば。ああ、会社に迷惑がかかるかな。もういいかな。
――今死ねば。この、亡くなった母から相続した家も兄弟に渡る。
――そうすれば。再開発で、マンションとかにしたほうがよっぽど。
――どうせ、生きながらえても。アカン生き物が見苦しい様を晒すだけ。
――車はスクラップになるかな。もう15万キロも走った。ありがとう。

……などと。いわゆる希死念慮。
ふだんでは思いもしない、もし脳裏に浮かんだとして「アホか」の一言で笑い飛ばして。
ああああ、次の日記書かねば。
あああああ、T氏のところで止めてしまってるあれを書かないと。
ああああああ、確定申告。固定資産税、んんんーおのれナチスフリー素材 許るさんぞ。
とか、リアルの事象に急かされて死ぬとか考えるヒマもない。
麦めし炊いてかっこんで。書けないパソコンのキーボードに向かって苦悶する。
これが――
ちょっと熱が、平熱から2度ちょい上がっただけで出来なくなってしまう。
熱と一緒に襲ってくる頭痛と神経痛が、私から体力と眠りを奪って。メンタルは、洗濯して干したまま数年忘れ去られていた雑巾みたいにされてしまう。

――死にたい、というより。
死んだほうがマシなのでは? という動物性の油汚れにも似た思考の汚穢が、私の中を支配してしまうようになる。
これが、発熱してから数日続くと……ジッサイに、刃や縄を手にすることはないままに――次の現象フェノメノン が、私を襲う。これは、最近、ここ数年。流感などで熱を出して寝込むと、必ず起きる現象だ。

――悪夢を見る。熱で見る悪夢。

熱にうなされたときに、悪夢とか、不条理なヘンテコ夢を見ることはよくあることだという。私もその経験はあるし、こちらを御覧の皆様にもそういう体験がある方はいるのではないだろうか?
――だが。ここ数年。雑魚メンタルに堕ちた私の、熱と痛みの中で見る夢は。

――地獄。死んだあと、私が堕ちた世界。それを夢に……みる。


・CASE1:彼岸花

そこは、色が、色彩というものがまったく無く。どす黒く固まった溶岩石だけが、そこに在って。真っ黒くて、ガラス質が手に刺さるゴツゴツした岩の合間に……私はいた。
まわりには、誰もいなくて。私だけ。岩の合間には、道ですら無い空隙しか無く。そこにも、溶岩の石塊だけが地面を埋め尽くしていて、私はそこを裸で、素足で歩いていた。
「誰かいないか」「誰か知っているヒトは」「誰……か」
知り合いも、家族の名前も思い出せなかった。自分の名前も、忘れていた。
ああああああ と、風の唸りのようなうめき声を出しながら、足の痛みだけを感じながら私はその真っ黒い岩の合間を、そして色彩のない、色のあせた白い空の下をさまよっていた。
うずくまって、立ち止まってしまうのが怖くて。自分の素足が、岩で裂けて痛いのも構わず、ただただ、さまよっていた。
そこに――色が、色彩が見えた。真っ赤な、彼岸花。一輪。
真っ赤な彼岸花が、私の目の前の、大きな溶岩石の割れ目から伸びて、真紅の色彩を咲かせていた。目の覚めるような茎の緑色。そこだけに、色があった。
私は、這いずって。裸の身体が痛むのもかまわず、 ああああああ と言葉も失ってうめきながら、岩を這い上ってその彼岸花の方に少しでも近寄ろうとしていた。
だが、ふしくれだってひび割れた巨石は、なかなかよじ登れず。這い上がれそうな場所を登ると、彼岸花から離れてしまって、見えなくなって。あの色彩を探して岩を登って……自分の身も支えられない高みで、落ちそうになって。
私は、言葉を失って ただ、 ああああああ とうめいて―― 目が、覚める。

・CASE2:駅

私は、全く知らない駅にいた。
どこかの地方駅だろうか、複線の軌道がホームの間に走っていて。列車は、着ていない。
ホームに、呆然と立つ私は……線路を。鉄の赤錆が染み込んだ砕石を、そこに埋まった枕木、犬釘で打たれた赤錆のレールを。そして。ナイフの刃のように、ギラギラ白銀に光るレールの上を見て。それが恐ろしくて、ホームから後退りする。
向こう側のホームに、列車が来た。黄色い、東京にいた頃によく見た電車だ。その電車は、誰もいない向かいのホームに停まって、そしてまた走り出した。電車が去ると、向かいのホームには人影がいくつか、残っていた。その人影は、改札に向かうでもなく……ただ、じっとそこに立っていた。
それを見て「あれは死人だ。怖い。ここにいたら、いけない」と。
私は逃げ出した。改札がどちらかもわからないまま、ホームの端へと逃げてゆく。
ホームの端に……人混みがあった。
そこにいたのは、灰色の服を着た人々。見知らぬ人々が、壁の一角を囲んで群れていた。そこには、壁に路線図が張ってあり、券売機の電飾が見えて……私は。
「ああ、ここで切符を買えば。私はここから離れられる、別の場所に行ける、家に帰れる」と。
だが。その灰色の人々の群れに割って入るのも恐ろしく。そして。
私は、いつも自分が出かけるときに持っているカバンを、自分が持っていないのに気づいて。
恐ろしくて、うろたえる。財布、カードや免許証を入れたカバンが、ない。
私は、うろたえて、恐ろしくて。その人混みから離れ、どこかに私のカバンが置いてないか……探す。
その私の目に……。誰もいない壁の一角に。
古びたプレートに ◯◯行き (地名が思い出せない) と書かれた券売機があった。
私は、ポケットの中にあった小銭を探って。昭和のころの自動販売機のような、スリットの投入口にありったけの小銭を流し込んで。
……出てこない。古びた券売機からは、切符も何も出てこない。
私は、ここに置き去りだった――この地獄に、ただひとりで。銀色の天上にも漆黒の穴にも。どこへも行けずに。
 目が覚めてもしばらく、自分がどこにいるのか分からなかった。

・CASE3:知らない顔の母

それを見たとたんに 「ああ、これは夢だな」 とわかった。
私がよく遊びに行っていた香嵐渓、その足助川、巴川の河原のようだった。
私の頭の中に、アナウンスのように、
「ここは四十九日を過ごす『中有』だよ。ゆっくりしていってね」と聞こえる。
ああ。私の好きな東方Projectの。中有の道か。どおりで。
その河原には、天気のいい日差しの下。ゴロタ石と青々とした草むらの合間合間に。赤い敷物が敷かれたり、傘がさされたり。屋台が出ていたり、宴会の輪があったり。子どもたちが遊んで走っていたり。
「ああ、死んだのだな。ここが四十九日を過ごす場所か」
悪くない。私は思いながら。敷物や屋台の食べ物、酒を見て歩く。何となく、それを贖うための銭は持っている、そんな気持ちがあって。余裕で、楽しく。
ここにいられるのなら、悪くない―― そう、思っていた私に。
「おぅい。きょうじ。恭司」
私の名を呼ぶ声が、した。すごく、聞き覚えのある声。母の声だった。
10年以上前に亡くなった母の声だった。夢枕にも立ったこともない、他のアレなオカルトまがいは山ほどあっても、亡くなった母は消滅したままで。何年も悲観にくれ続けている私に……母の声が。
私を呼ぶ、母の声に。私は、母を探して、敷物と屋台の間を右往左往して。
そして……。
「恭司。おうい。きょうじ」
「…………。誰だ、おまえ――」
そこにいた女は、全く知らない顔の女だった。その女の名前も、私の母のそれではないと、私は気づいて――
 目が、覚めた。寝るとき、頭に貼っておいた冷却ジェルが剥がれ落ちるほど、冷や汗まみれだった。


世の中、本気でどうでもいいものが三つあるが――そのひとつが、他人の見た夢のハナシである。私も曽良くんにビンタされたい。

本当にすみません……。
書いてから想う。とりとめのない、くだらなさ。目が冷めてしまえば、何の意味もなくて空っぽの、どうしてこれを覚えていて、むだに脳の容量使ってしまうかなあ、と。自分の脳に小一時間()。
それくらい意味のない、悪夢――
……だが。夢に見るその『死』。そして陳腐な『地獄』。
……だが。夢の中では、その『地獄』を、私は心底、恐れて軽蔑していた。
これは――もしや。
この『死』と『地獄』の夢は。その死に、歩み寄ってしまった、自分からそのまっくらい何もない穴を覗き込んだ愚かな男のメンタルが行った、見せた防御反応、免疫なのではないかと。

人魚姫が絶望して堕ちてゆく、はてしなくつづくやみの夜。
その暗闇の穴を、泡にも風にもなることのない私が覗いたところで……無為の、空虚な恐怖を感じることしか無い。
自分の恐れる行く末を、地獄を自分で作って見ることで。
そこに行きたくないと、地獄ではなく此処で生きて苦しむべきだと。
――私の悪夢は、希死念慮と戦うための自家生成クスリなのではないかと。
そんなことを、熱がだいぶ引いてきた、まだしつこい痛みの残る頭の中で考えた不肖は……地獄の夢にすり減らされたメンタルで、戦いに勝ったメンタルで――この身を起こして、こうして。
キーボードに、真っ白いモニターに向かうのです。

太宰治は、麻の着物をお年玉でもらって夏まで生きた。
私は、浴衣ではなく。皆様からのご温情を頂いている。
書いたもので、お金を頂き、書いたものを読んで頂いている。そのお金で、めしをかっくらって。ガソリンを買って、電気とネットの料金を払って。仕事をしたりできなかったり。そのお金で、パンとみかんを買って庭の小鳥と山分けできている。

巨匠、太宰治が夏物の着物をもらって生きたのなら。
私など、死んでる場合じゃねえ! おこがましいにもほどがある!
皆さま、本当に、いつもありがとうございます。
――死? 地獄?
そういうのはテキストの中でやってますんで、もう売るほどあります。実際売ってます。おとといきやがれ。タイムマシンとかで本当に一昨日来るのはやめてください。

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