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企画参加【毎週ショートショートnote】

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お題ありのショートショート。 たらはかに(田原にか)さん企画 参加作品。
運営しているクリエイター

記事一覧

台にアニバーサリー (祝・二周年!毎週ショートショートnote)

蟹缶が家出した。理由はわからない。 とても珍しい、青くて四角い蟹缶だった。 だから大切に大切にしまい込んでいたのに。 パニックになった私は親友に電話をかけた。 彼は私をなだめ、話を整理し、やがてこう言った。 「きっと蟹缶の墓場へ向かったんだろう」 私は蟹缶を大事にするあまり、賞味期限を失念していたのだ。 「それは何処なんだ?」 「決まっている……蟹座だ」 私は発射場へ駆け込んだ。 蟹座行きロケットを目指す私を、係員が慌てて止めた。 「チケットは持っている!」 親友が手配し

サイコの鶏唐 (毎週ショートショートnote)

大きなミスをして叱られ、私の足取りは重かった。月のない夜だった。 ふと気づくと、目の前に小さな無人販売店があった。ガラス扉には店名と「揚げたて鶏唐」――私の大好物だ。気持ちが少し明るくなる。 扉に手を伸ばし、ギョッとして自分の右手の甲を見つめた。いつのまにか黒い文字が書かれている。 食うな 当然、自分で書いた覚えはない。 薄気味悪さを感じながらも、香ばしい匂いに抗えず、私は店に入った。 商品棚には容器に詰められた唐揚げが並んでいた。どれも輝くような狐色だ。

生き写しバトル (毎週ショートショートnote)

  玄関を開けると黒ずくめの男が二人立っていた。 「ドッペルゲンガー協会から来ました」 そう名乗り、菓子折りを私に差し出す。 「この度はお父上が大変な目に……」 「なぜそのことを?」 父は先日、突然の発作で命を落としていた。 「じつはうちの血の気の多い若いもんが、生き写しバトルをやりましてね」 「生き写し…何です?」 「どちらがドッペルゲンガーとして優秀か、お父上で競ったのです。死の前兆であるドッペルゲンガーを二人同時に見てしまい、うっかりお父上は即死を」

名探偵ボディビルディング(毎週ショートショートnote)

僕はミステリー文芸部の部長だ。 放課後、書きかけの探偵小説を推敲していると、後輩の照井さんが走り込んで来た。 「三須先輩、お薦めのミステリー読みました!」 彼女は真面目だが、ちょっと変わっている。 まぁ変わり者じゃなければ、こんな僕ひとりしか活動していないような部活に入って来ないだろう。 「どれを読んだ?」 「ええと、シャーロック・ホームズの…… 『ボディビル家の犬』です!」 僕の手からシャープペンが落ちた。 「照井さん……バスカヴィル家、な」 「あっ『バスカヴ

カミングアウトコンビニ (毎週ショートショートnote)

 ある朝、少女が散歩していると、波打ち際にコンビニが流れ着いていた。  外壁も内装も汚れと傷みがひどく、息も絶え絶えだった。  だが、不思議とそこはかとない品の良さが漂っていた。  少女の甲斐甲斐しい世話により、見る間にコンビニは回復し、村にある唯一のコンビニとして平和に暮らすようになった。  ある夜、少女を呼び出すと、コンビニは神妙な顔でこう告げた。 「じつは、私は海の向こうにある国の王子なのです。  悪い魔女を怒らせて、コンビニにされてしまいました。  元に戻るに

消しゴム顔 (毎週ショートショートnote)

「今、お時間ありますか?」 声を掛けられて振り返ると、派手な服を着た若い男だった。 もう陽が暮れるというのにサングラスをかけている。 嫌な予感がした。 「ちょっと、あの・・・・・・珈琲でも飲みません?」 案の定だ。 「ごめんなさい、急いでるんで」 無視して歩き去ろうとすると、男が叫んだ。 「待って下さい、そっくりなんです!」 その声はあまりに悲痛で、思わず私は足を止めてしまった。 「すみません、つい・・・・・・」 男は髪を掻きむしり、サングラスを外して頭を下げた。 「あなたが

みんなで動かない(毎週ショートショートnote)

高田さんちのカメのムウさんは、じつは地球を守っている。 それを知っているのはムウさんと、侵略に来た異星人たちだけだ。 同居猫のココアも、生垣に鼻先を突っ込んでくる隣家のマックスも、もちろん高田さんの奥さんも知らない。 今日も洗濯物がたなびくウッドデッキで甲羅干しをしながら、ムウさんは侵略者を監視している。 異星人たちは高田さんちの庭木のふりをしているのだ。 ムウさんは年寄りなので耳が遠いが、彼らの声はなぜか頭の中で聞こえる。 それによると、彼らは遠い遠い星から地球侵略

ぴえん充電(毎週ショートショートnote)

ちょっと話があるの、と妻が言った。 僕は溜め息を吐き、ダイニングチェアに腰かける。 「明日も早いんだ。短く頼むよ」 「気づいた?もうすぐ満杯になりそうなの」 そう言って自分の耳に触れている。 涙型をしたイヤリングが銀色に光っていた。 「若い子はね、これを『ぴえん充電』って呼んでるんだって」 本題ではない話から始める。彼女の悪い癖だ。 「それは変だね」 僕は少し苛ついて答える。 イヤリングは小型の発電装置だ。怒りや悲しみで発電する。 家族内で発生する負の感情を有効利用しよう、と

読書石けん(毎週ショートショートnote)

うちの石鹸は本をよく読む。 私は本を読まない。 今夜も防水カバーをつけた文庫を広げると、 石鹸は嬉しそうに読みはじめた。 それを眺めながら、ぼんやりと湯舟につかるのが私の日課だ。 「よく飽きずに読むねぇ、石鹸なのに」 からかい気味に話しかけると、石鹸は私をちらりと見た。 「君はぜんぜん本を読まないな、人間のくせに」 嫌味っぽく返された。 「人間だって全員が本好きじゃないよ。本を読まない人もいます」 「石鹸だって本を読むのもいれば、そうじゃないのもいるってことだけさ」 「たい