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ワインと地中海#52/スースの葡萄模様なモザイク#02

館内は静謐だった。何もかも止まっているようだった。来館者はまばらだった。古いカスバを改装した美術館だった。
「ここのモザイクはチュニスのバルド国立博物館に継いで世界で二番目にコレクションが豊富なんです」Jが言った。「古いものはフランスのPierre Cintasが集めたものが中心です」
「ピエール・シンタス?」知らない人の名前だった。
「Jean Cintasと一緒で、兄弟そろってチュニジアの考古学者です。どちらかというとアマチュア色の強い学者です。フランスには多いタイプの考古学者です。Tebourbaの発掘なんかで有名な人です。ここにあるコレクションはシンタスがスースのトフェットとバアルハモンの聖域で発見したものです」
「すごいね」僕が言うと、彼が恥ずかしそうな顔をした。「急いで、昨日勉強しました」
館内は思ったより小さかった。それでも「The Triumph of Dionysus on Mosaics in North Africa」に載っているホンモノを見るのは、やはりとても感動的だった。
メデューサの頭/オセアヌスの顔/海の馬車に乗ったネプチューン/ナイロートのシーンなどに圧倒された。

「じつはとても珍しいキリスト教をテーマにしたテラコッタがあるんだそうです。Bqaltaで発見されたもので原始キリスト教時代のものだそうです」とJが言った。
そのとき僕らはプリアーポスの像の前にいた。ディオニューソスとアプロディーテの間に生まれた子だ。葡萄園の守り神だ。
「カルタゴは作物が豊かな地でしたからね、葡萄畑も多かったんでしょうね」Jが言った。
「ん。カルタゴの葡萄園はフェニキア人が地中海を跨いで持ってきたものと、エジプトから西進したものの混合だろうな。当時。醸造技術は圧倒的にエジプトが進んでいた。おそらくこれが持ち込まれたんだろう。・・スペインへ行くたびに思うんだ。スペインで大きく花開いたワイン文化の元始はエジプトだろう。それがカルタゴを経由してジブラルタル海峡を渡ったんだろう・・ってね」
「・・なるほど。やはりカルタゴは偉大だ」
「ん。ローマ人のスペインへの憎悪はすべてカルタゴへの恐怖の裏返した。・・みてごらん」
僕は目の前のディオニューソスのモザイクを指さした。
「ハニーサクルローズ(唐草模様)だ。でもバラじゃない、葡萄だ。葡萄はディオニューソスを祀る人々にとって秘儀に必須なものだった」
「ワインですか?」Jが言った。
「ん。そうだ。葡萄モチーフの文様は、西へ東へワインと共に広がり、しまいには極東まで届くんだ。」
「日本にもあるんですか?! あなたの国にも?」
「ある。1500年ほど前から」
「へぇ、コレが」Jは目の前のモザイクを指さしながら言った「作られた同じ時代に、もう日本にも葡萄モチーフの文様はあったんですか?・・ワインも?」
僕は返事をしないまま、ディオニューソスのモザイクを見続けた。




無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました