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木挽町新古細工#01/赤坂・福吉坂の想い出

前職のころ、国内で会社を立ち上げたばかりのころは、ほとんど毎夜接待漬けだった。出かけるのは銀座→六本木。あるいは赤坂→六本木。。というコースだった。30年以上前の話だ。

何処れも地に僕「係り」のチーママがいて、彼女たちが店舗を跨いで超党派的に仕切ってくれていた。だから、うちのセクレタリとチーママが先ず電話で打ち合わせして、その日の同行する客の好みに合わせて、店から女の子からすべてを取りまとめてくれた。僕は、そのスケジュールに則って客と飲み歩くという感じだった。僕は言われた通りに移動するだけ。

この二人のチーママだけど、赤坂の方は韓国の女性で、銀座の方は日本人だったけど、二人とも本当のプロで、僕が連れていくお客の好みのタイプの女性を、三回取り換えるだけで絶対に当てた。その眼力に、いつも全く以って凄いもンだと感心したね。

銀座も赤坂も、お客と二人で行くと、つく女の子は三~四人。三人で行くと四~五人。必ず一人か二人余計にサポートの子が付く。赤坂に行ったときも銀座のときも、最初の一軒目はチーママの店だ。

赤坂で僕の席へつくサポートの子はいつもミミという子だった。釜山のはずれの町出身の子だった。三十代はじめで、小柄な聞いてもいないのに一人でよくしゃべる子だ。いわゆる「ニギヤカシ」というやつね。お客の隣に座るお客の好みの子を光らせる子だった。

ある夜。接待がないのに赤坂の一ツ木を歩いていたことがある。
知り合いのバーの周年に行った帰りだった。そのときに横から「センセ」と声をかけられた。ミミだった。
「センセ、ひとり?一人で赤坂、めずらしい」ミミが言った。
うちのお客さんは全員僕のことを社長とは呼ばずに"先生"と呼んでいたので、女の子たちもみんな僕をセンセと呼んでいた。
「ん。知り合いの店がな、周年でな、お祝いに出てきたんだ。ミミちゃんこそ、どうしたんだ?お休みか?」
「うん。ママがお休みくれたの。センセ、どこか飲みに行くの?」
「いや、行かない。四万覗いてから帰る。」
四万は赤坂にある酒屋。なかなかカルトなワインをストックしてる酒屋だ。
「ふうん、じゃあさ。センセ、私の散歩に付き合ってくれる?」
「散歩?」
「うん、散歩。私が赤坂で一番好きなとこ、これから行くの。センセも連れてく。」ミミが笑いながら言った。
ま。。ここであったが百年目ってぇやつだから、つきあうことにした。

ミミが僕を連れて行ったのは赤坂のはずれ。吉池の横、階段の坂道”福吉坂”だった。
「ここ・ここ」
ミミは吉池でウーロン茶を二つ買うと、一人でさっさと階段坂を上った。僕はそのあとを追った。そしてミミは途中で立ち止まると、くるりとこちらを向いた。
「見て。ここ。」
僕はミミと並んで、階段坂の下に見える細い通りを見た。両脇に街の灯りが無数に重なって並ぶ。通りは車のライトで埋まる。
「ね。きれいでしょ。」ミミはそういうと階段に腰かけた。そして僕にウーロン茶の缶を渡した。
「みんな好きじゃないお酒を飲んで、無理やり笑って、心底くたびれてるのに・・ここから見ると、とってもきれい。」
僕は、ミミと並んで腰かけた。なにか有ったんだなと思ったからだ。
「どうしたんだい?ガンバリ屋のミミちゃんが仕事休んで、こんなとこ来てため息つくなんて。」
ミミは何も言わなかった。
「でも・・きれいでしょ?ここから見る赤坂。」
「うん。きれいだ」
「きれいだよね。」それだけ言うと、ミミはまたしばらく黙ってしまった。

「・・婆ちゃんの具合が悪いの。帰りたい。でも、わたしオーバースティだから帰れない。婆ちゃんを病院に入れてあげたい。 どうしたらいいか判らないから、ママに相談したの。
そしたらママが"お客さんを紹介してあげる"って言ったの。嫌だったら、事前に睡眠薬を飲めばいい。うちへ帰ったら一所懸命洗えばいい。洗えば元通りになる・・って。」ミミは喉を詰まらせた。 僕は何も言わずにいた。
「でも・・洗っても、何度洗っても・・」
ミミはホロホロと泣いた。
「ミミちゃん」僕は言った「お金は?貰ったの」
「うん。貰った」
「そのお金は?お婆ちゃんに送った?」
「うん。送った」
「お婆ちゃん、喜んだ?」
「うん。喜んだ。」
「・・そうか、よかったね。・・で、お客さん。喜んだ?」
「・・わからない。でも、喜んだと思う。ありがとってくれた。」
「・・そうか、よかったね。お客さんも喜んでくれた。ミミちゃんの我慢で二人の人がとても喜んでくれた。ミミちゃんは?」
「?」ミミは不思議そうな顔をして僕の顔を見た。
「二人の人がミミちゃんのおかげで喜んだこと。嬉しくない?」
ミミは穴のあくほど僕を見つめた。
「とても嫌なこと。辛いこと。二度としないでおきたいこと。でもさ、二人が喜んでくれたんだから、ママの言う通り洗い流して終わりにしよう。二人がミミちゃんの我慢で喜んでくれたことを喜ぼう」
僕はミミの顔を見ないまま、言った。目の前の、坂の下の明るい小通りを見つめた。
しばらくすると、ミミがボソリと言った。
「・・そうする。ママが言ってた。一日で全部忘れなさい。明日から仕事に出なさいって。明日から仕事に出る。灯の街に行く。センセの言う通り、喜んでくれたことだけ、憶えておくようにする」
「そうだね・・そうしよ。」

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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました