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池上彰さんが大好きな娘と娘が大好きだった父

小4の娘は大の池上彰ファンだ。土曜日に起きてくると、今日池上彰のテレビある?と聞く。ない日は意気消沈する。今年の誕生日プレゼントは池上彰さんの本が欲しいと言うので買ってやった。池上ファンクラブがあれば入会しそうだ。

その池上さんを目の前で見る機会があった。三年振りに一般の人を入れての広島平和記念式典だ。父が10歳のときに被爆しているし、一周忌なので初めて参列した。

早めにホテルを出て平和記念公園に行く。遺族の一般参列者として応募していたのだが、応募多数で抽選に漏れていた。市の職員が2メートルおきに立っていて会場をガードしているが、人波にまぎれて会場に入る。ウロウロしているとスタッフが近づいてきて「遺族関係者の方でしょうか」と聞かれた。

あ、いえ、応募したんですが抽選に漏れてしまって…。

と、へどもど。

会場の外に出てウロウロしていると(ウロウロが趣味なのだ)、川のほとりに煌々と二本のライトがついている。近づいてみるとテレビモニターが台車に乗っていて、その前に座っている男性をインカムをつけたスタッフが汗を拭いたり、飲み物を差し出したりとお世話している。

男性は小柄で老齢だが背筋をピンと張って、凛とした雰囲気だ。ん?どこかで見たことのあるような…。あ、あのちょっと下唇が突き出ている顔の特徴は池上彰さんではないか。

朝の情報番組で生中継するらしい。今日は土曜日だからまだ寝ていると思うが、娘に教えてやろうとスマホを取り出し、だがしかし、広島に来る途中に電車内にスマホを忘れてしまっていたのだ。せっかくの千載一遇の機会を、バカバカ。せめて写真を撮っておこうとスマホを…
だ〜から。

傍らには高校生平和大使の大内由紀子さんがスタンバッている。スタッフに髪や服装をセットされているうちに彼女は泣き出した。目は真っ赤になっている。

憧れの池上さんと共演できるという感激からなのだろうか。スタッフが集まってきて声を掛けられていると涙が止まり、落ち着いてきたようだ。

進行役のアナウンサーと池上さんがスーツのジャケットを羽織る。この日もうだるような暑さ。

番組では事前に収録された大内さんと鈴木福くんとの対談も放送された。

大内さんは池上さんの質問にも落ち着いて答え、平和大使としての活動をしっかりと伝えていた。
収録後、池上さんが「素晴らしかったよ」と肩を叩く。

私といえば、娘にアピールするために画面に映りこもうと何度か試みるが、テレビクルーに「そこに行かないでください」と注意される。あとで先輩クルーに、おまえ、人が映らないようにしないと駄目じゃないか、と怒られていた。
ごめんなさい。

しかも帰宅してから娘に言うと、観てなかったらしい。

撤収する池上さん。その時、紙と筆記用具を持っていたら必ずや追っかけてサインをもらっただろう。

娘は「何でうちの子どもは池上彰さんのファンですって言ってくれへんかったん?」と悔しがった。

父は娘を可愛がっていた。目に入れても痛くないとはまさにこのことだと思うほどだった。
多発性ガンの末、亡くなったのは娘の10歳の誕生日の朝だった。
看取った妹はきっと亡くなった日を忘れないようにしたんだろう、と言った。

しばらくしてから父が娘のために池上彰さんと会わせてくれたんじゃないかと思うようになった。

牽強付会かもしれない。
でもそう考える方がいいと思う。

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