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ファーストデートの夜が明けて

2回目の成人式を迎えるのも、あと片手で数える程度にその時が近づいてきている。

大人になるのは「過去」が増えていくことで、それはなんとなく生きづらさを感じることが増える。今まで通ってきた道から経験したことで、未来の行く手を狭めてしまう自分に出会うことだ。

人間はよく出来ているもので、あたしの場合は高性能に出来上がっているのかよく過去を忘れる。

都合よく美しいものや事だけが、頭の中の壁面に切り貼りのように彩られている。

だから過去の男の顔を忘れるのだ。

その時は薔薇色だと思った関係も、雲行きが怪しくなって雨に当たって萎れることも多くある。それは不可逆的なもので、あたしは一時的に涙で枕を濡らすけれど、次の候補が現れれば「男なんて星の数ほど…」なんて決まり切った言葉にすんなり頷けるものだった。

その過去の一人一人とそれぞれの「ファーストデート」はあったのだろうけど、なぜかその殆どを思い出せない。色も、声も、顔も、温度も、感度も、なにもかも。

でも、たった一人、やっぱり思い出すのは「熊ちゃん」だった。あたしはその、頭の中の美しい切り絵のカケラたちを一枚ずつ手の中に収めて、整列させては思い返していた。

表参道、レストラン、フランス料理、祐天寺、東横線、ヴィストロアヴァン、adidasスニーカー、白いTシャツ、透明な青緑の瞳、見えないけど感じる未来への熱量。全部が彼そのものだ。

祐天寺にある彼のアパートの一室に迎えられるまでの、あの一連の流れをファーストデートとするならば、それはきっと、一生忘れられない二十五歳の切なく煌めいた記憶だろう。

職場の表参道のレストランから祐天寺にあるヴィストロアヴァンまでの、一緒に歩いた夜の道のりがそれだ。

ほろ酔いの彼の頬の赤みや、ベッド軋んだ音も頭からすっぽり抜け落ちているのに、覚えているのは数センチ先にあった透明な彼の青緑の瞳だった。いつかカナダの夜空に見たオーロラみたいな色だった。美しかった。きれいとか、キレイとか、綺麗じゃなくて。「美しい」。

「フランスの色」

彼はそう言った。

その後、彼がフランスに旅立ったと人づてで聞いた時、あの夜の、彼の言葉の端々に感じた熱量は本物だったんだと思ったら、心がすんなり頷いていた。

濡れた枕カバーは洗濯機で綺麗に洗って、翌日の晴れ渡った青空に向けて干した。

美しいって、ずるいよなぁって思いながら。

#恋はなにげなく始まってなにげなく終わる #ファーストデートの思い出 #小説 #短編

ファーストデートの夜をご覧になりたい方はこちらから↓

https://note.mu/miki_okumura/n/n97c7648b4fb4

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