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デザイン思考が日本でイマイチ受け入れられない理由について

イノベーションを起こすためにはデザイン思考ってのを使うのが良いらしいぞ。みたいなことを耳にするようになってから結構な年月が経ちましたが日本の企業においてデザイン思考が定着したという話はあまり聞いたことがないし、ともすれば批判的なニュアンスで語られることもあるのが実情でしょう。

先日、日経クロストレンドに下記の記事が出ていましたが、Twitterやはてなブックマークの反応を見ている限りではやはりデザイン思考に対してポジティブな反応が多いとは言えない状況でした。

これらの反応を見ていて、私にはひとつの気付きがありました。デザイン思考が浸透しない理由、あるいは理解が進まない理由は「人によってデザイン思考に対するイメージするものが異なり、その捉え方が一致しないため議論が深まらない」なのではないかと。

先日開催したワークショップでの出来事として「人工知能」に対する認識のズレに遭遇しました。私達、あるいは私達より上の世代が人工知能と聞いて思い浮かべるものって、アニメのドラえもんであったり、鉄腕アトムだったりに代表されるような、人間のように会話し判断し行動する、いわばヒトのような人工知能をイメージします。

ところが、今の若い世代、あるいはある程度人工知能についての知識を持っている方であれば、ロボットの中の人工知能ではなく、いわゆる画像認識であったり自然言語処理であったり、アルゴリズムを指す事が多いように感じます。このように、同じ単語を聞いてイメージするモノが異なると、議論がしにくい。まずは認識のすり合わせをしなければなりません。

様々な捉え方があるのは良いことでもありますが、悪い面もあります。例えば、Richard Buchanan氏はDesign Research and the New Learningの中で、こんな事を言っています。

Frankly, one of the great strengths of design is that we have not settled on a single definition.

適当に日本語に翻訳するなら「ぶっちゃけ、デザインの強みのひとつは、定義が定まっていないところだよ」という感じでしょうか。このフレーズは、いろいろなところで引用されていますし、実際、定義が曖昧なために様々な分野との越境が生まれ、様々な成果につながっている面は否定できません。

しかしながら、実務者レベルで議論を行う際に、あるいはチームとしてダイナミクスが期待されているケースにおいて定義が定まっていないと不便な場合もあるでしょう。

そこで本記事では私の偏見と独断で、デザイン思考に対する捉え方にはこのようなバリエーションがあるのではないか?について書いてみたいと思います。同僚と、あるいは友人たちと「デザイン思考って使えねーよな」みたいな話になったときはぜひ、彼らがデザイン思考をどのように捉えているかの確認にご利用頂ければと思います。

捉え方1:デザイン思考とはユーザー理解や問題発見のための方法である

デザイン思考と言えばIDEOの名前が挙がることが多いですがIDEOと言えばこのようなエピソードを目にしたことがある人は多いのではないでしょうか。

地下鉄の駅に設置された自動販売機の売上を伸ばすにはどうすればよいかを検討するプロジェクトにおいてIDEOが行ったことは、地下鉄の駅においてユーザーをひたすら観察すること。その結果、時間を気にしているお客さんが多く居ることがわかったため、自動販売機の上に時計を置いた。その結果、自動販売機の売上アップ!

この話からもわかるようにIDEOは徹底的にユーザーを観察します。そしてユーザーが求めているもの、ユーザーのニーズなどを的確に把握したうえでソリューションを提案するわけです。

この話は、コンサルティング会社との対比でもよく使われる事が多いですね。これが仮にマッキンゼーやBCGだったらまずデータを収集して分析します。広告代理店だったら3億円を使って広告を張りますとか。もちろんこれはタラレバな話でもありますが、このエピソードの印象から、デザイン思考とはつまり「ユーザーを観察し、ユーザーを理解することである」と捉えられることが多くあるように思います。

これは正しい側面はあるものの、批判を生む捉え方でもあります。だって、ユーザのことを考えていないサービス提供者って居ないはず。少なくとも何らかの形で仕事をしている人であれば「お客様は神様です」とまでは行かなくても、ユーザーのことを考え、ユーザーにとって良いものを提供しようと考えるのは当然です。

ユーザーが大切、そう考えている彼らが「デザイン思考ではまず、ユーザーを理解することが大事なんだよ!」って誰かに言われたとして「バカにすんなよ、そんなの当たり前じゃねーか。デザイン思考ってその程度かよ!」って考えたとして、なんの不自然さもありません。

捉え方2:デザイン思考とはアイディア出しの方法である

デザイン思考ってポストイット遊びの事でしょ?なんてのもよく聞く批判のひとつです。実際、IDEOをはじめデザインファームにおけるデザインプロジェクトの写真として、壁に貼られた大量のポストイットというのは、よく使われるものですから、デザイン思考=ポストイットというイメージを持たれている人も少なくないはずです。

我々がイメージするポストイットの使い方としてまず思い浮かぶのは、やはりブレインストーミングを代表するようなアイディア出しでしょう。アイディアを思いついたらポストイットに書いて、壁に貼っていくわけです。

しかし、アイディアを出すだけならデザイン思考を使う必要があるでしょうか?従来から実施しているようなブレインストーミングでもアイディアはどんどん出てくるし、わざわざデザイン思考を取り入れてまでアイディアを出さなくても良いと思っているパターンがあるのではないかと思います。

余談ではありますが、Roberto Verganti氏のOvercrowded: Designing Meaningful Products in a World Awash with Ideas(邦訳:突破するデザイン)でもデザイン思考はアイディア出しのツールとして捉えられている節があります。ただ、これはちょっとニュアンスが違うので分けて考えるべきでしょう。

捉え方3:デザイン思考とはプロトタイピングの方法である

デザイン思考の文脈で「プロトタイピング」に触れられることも非常に多いです。アイディアが出てきたら、ダンボールやガムテープや発泡スチロールなど、そのへんにあるものを工夫して使って、費用や時間をかけずに、とにかくすばやく形にしてしまおう、ってやつですね。Webやアプリの場合だと、ペーパープロトタイピングなども当てはまります。

モノづくりのプロセスに関わったことがある人からすれば、このことに対して驚きがあるわけではありません。まぁそりゃ誰だって最初は安く、時間をかけずに作ったほうが良いよねと思っていますから、この点だけを切り取って聞くと表立って反論する人はほとんど居ないでしょう。となると、デザイン思考なんか我々には必要ない。すでに似たようなことをやっている。と思われてもやはり仕方のない事かもしれません。

しかしやはりここに誤解があります。デザイン思考におけるプロトタイピングとは、仮説検証のプロセスのことです。ダンボールとガムテープでおもちゃを作って終わりではなく、それを使って仮説の妥当性を検証する事がプロトタイピングでああり、そこまで踏み込んで実施している会社はそこまで多くない印象があります。

捉え方4:デザイン思考とは新規事業・新規プロダクトの検討方法である

デザイン思考はどうしてもイノベーションの文脈で語られる事が多いため、デザインの力を使って新規事業を作る方法として捉えられてしまいがちです。そのために、私の業務においてはデザイン思考って関係ないな、使いみちがないな、と思われてしまうケースもあるのではないでしょうか。

デザイン思考のユースケースとして考えられるスコープは新規事業やプロダクトに限られるものでは一切ありません。

既存プロダクトの改善に活用することもできますし、社内業務や社内システムの改善などに利用することもできます。例えんば私が見聞きしたケースでは、デザイン思考を活用して人材採用の方法を刷新して成果を挙げている企業もあります。デザイン思考の応用領域は非常に広く新規事業、新規プロダクトに限定されるものではありません。

捉え方5:デザイン思考とはアイディアの実現方法である

最後に、デザイン思考に対して過大な期待を抱いているケースもあるでしょう。つまり、デザイン思考を活用すれば、現場のアイディアをうまく形にして上司を説得し、実現することができる、というものです。

ところが実際にはそんなに簡単に物事は進みません。実現に際して予算が問題となる場合もあるでしょうし、様々な法規制やルールが足かせとなる場合もあります。テクノロジー的に実現不可能な場合もありますし、上司がなかなかウンと言わない場合もあるでしょう。社内外様々なステークホルダーの調整が難しくアイディアがお蔵入りになる場合も想像に難くありません。

しかしながら、実現へのスムーズな移行がうまくいかないために、デザイン思考って使えないなと切り捨てられるケースを私の周りでも数例見聞きしています。

おわりに

以上、デザイン思考に対する捉え方として、このようなものがあるのではないか?について書き出して見ました。が、他にも様々な捉え方があるかもしれません。(思いついたら教えてください)

デザイン思考とは機会の発見、アイディエーション、仮説検証からソリューション実現への橋渡しを有機的につなげるツールであり、意外かもしれませんが、各プロセスだけを切り出せば、それぞれのフェーズでやっていることは意外と当たり前のことだったりします。しかしながら、適切に使えば非常にパワフルであることが実証されています。

幸いなことに2019年の日本ではAmazonで「デザイン思考」で検索したり書店に行けばデザイン思考に関する書籍が多く見つかりますし、東京においてはワークショップなども頻繁に開催されていますので、何らかの機会にデザイン思考を体験し、少しづつでも十分なので、皆様の日常の業務に取り入れて頂ければ良いなと思います。

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私が代表を務めるアンカーデザイン株式会社では、デザインリサーチとプロトタイピングを通してデジタル時代のプロダクト開発に取り組む仲間を絶賛募集中です。興味のある方はお気軽にお問い合わせください。



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